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JCO事故から14年

 今日は、茨城県東海村のJCO核燃料工場が臨界事故を起こした日です。
 1999年9月30日、住友金属鉱山の子会社であるJCOが核燃料を加工中にウラン溶液が臨界状態になり二人が死亡し、一人が重症となった他、667名の被曝者を出しました。

 当時の新聞を読むと、事故現場から半径350mの住民に避難要請、500mの住民に避難勧告、10km以内の住民10万世帯約31万人に屋内退避を呼びかけています。

 その年の12月21日に亡くなった人は、16~20シーベルト以上の被曝をしたといわれてますから、すごい量です。16シーベルトとは1万6千ミリシーベルトという、とてつもない被曝です。
 事故を起こした当初は、少し赤い色がかった腕の皮膚などが、数日後には、ズルズルむげ状態になりました。放射線の影響は、当然ながら身体の中味をも侵しました。内臓も含めすべての臓器から免疫機能が失われ、たぶん下血、吐血を繰り返しながらの壮絶な死だったと思います。

 僕は、この最初に亡くなられた方のお母さんに、電話でお話しを伺ったことがあります。涙ながらに、「もう許してください。何も話せません」と繰り返されていました。亡くなられた人の妻は、地元の人から「補償金をたくさん貰って」などと陰口を言われ、その苦しみから今はどこに住んでおられるか分からないということでした。

 僕は2011年3月7日~9日まで、この東海村に来ていました。最初の予定では、9日から11日まで福島を訪れ、福島原発で働いていた方からお話しを伺う予定でした。しかし、話しを伺う方の都合が悪くなり9日の最終近くの新幹線で広島に戻りました。そしたら、「2011・3・11」でした。

 宿泊ホテルは水戸市に取っていましたが、ミゾレ混じりの雪が降り、すごく寒かったのを思い出します。

 今日は、夕方から中国電力前で「JCO事故から14周年の集り」を予定しています。

 14年前のあの日、JCO事故を経験して、もう原子力からは撤退すると決断し実行していたら、福島の事故は起らなかったでしょう。怒り、悲しみとともに、自分自身の不甲斐なさを感じざるを得ません。
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島根原発2号機で年内再稼動申請か

 競馬や競輪の予想屋ではありませんから、予想が的中して喜んでいる訳はありません。しかし島根原発2号機について、中国電力が年内に再稼動申請をするというニュースが入ってきて、僕の予想通りの展開を示していると見ています。

 中部電力が、浜岡原発4号機の再稼動申請を年度内に行うというのは、電気料金値上げを検討していることとセットで考えられました。料金値上げの言い訳として、再稼動を申請する。そして、東京電力が柏崎刈羽原発6・7号機の再稼動申請を行うことを実質的に認めた新潟県知事。それらの動きを待っていましたとばかりに、中国電力が年内に島根原発2号機の再稼動申請を行うというニュース。9月26日のブログで書いた「沸騰水型原発で再稼動の動き」の流れです。

 これらの動きを見ていると、電力会社だけの頭では成り立たない、大きな影のような背景を感じざるを得ません。その背景とは、ズバリ経済産業省資源エネルギー庁の筋書きです。
 経済産業大臣個人には、このような筋書きを考えるほどの能力は無いと思われるので、経済産業省の官僚と、電力会社の集りである電気事業連合会が描いたシナリオだと予想しています。そこに安倍晋三がどこまで関わっているのかは見えませんが、彼の考えを先取りして経済産業省が動いたというのが僕のストーリーです。

 これから、10月中に中国電力は島根県や松江市に対して、再稼動申請の中味を説明し、それを受けて年内に申請に向かうと思われます。

 9月15日、日本が再び「原発ゼロ」になった日、ある集会で再稼動を止め、原発ゼロを実現するためにという事で、ポイントになることを次の3点で話しをしました。
 一つは、新たに原発の地元とされたUPZ(緊急時防護措置を準備する区域)30キロと、PPZ(プルーム通過時の放射性ヨウ素による甲状腺被ばくを避けるための屋内退避、安定ヨウ素剤服用等の対策を準備する区域)50キロの住民や自治体への働きかけ。日本中の原発から、50キロのコンパスを描いたら、人口の1割に当たる約1200万人が含まれます。もちろん、50キロ圏内以外の人は安全だということはありません。
 二つは、いわゆる「規制基準」のソフト面での不備です。例えば避難計画、避難困難者への避難計画、県外避難の有り様、マニュアル通り原発の操縦が出来るかなどの問題です。
 三つ目は、福島原発事故による汚染水問題で、世界中に巻き上がっている、怒りの声との連携だと思います。世界の声は、福島原発事故の事故の処理や収束が行われていないのに、何が再稼動だという怒りです。

 これらの3点を頭の中に入れておいて、年内に策定するとされている「エネルギー基本計画」への、原発ゼロを目指す声だと思います。

あまちゃんと宮沢賢治

 高視聴率をあげていたNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」が、終わりましたね。僕は、職場の休憩室で昼寝を楽しみながら、音だけを聴いていました。その中で何度も何度も流れていたメロディに、宮沢賢治の「星めぐりの歌」が挿入曲として演奏で入っていました。これは隠れた話題にもなり、インターネットでは、いろいろな書き込みがあります。またこの歌は、高倉健と田中裕子が演じた映画「あなたへ」の中で、田中裕子が何度か唄っていました。

 宮沢賢治といえば、「雨にも負けず」ですよね。「雨にも負けず」の詩については、人によって詩の中のここが好きという好みがありますね。

 NPO法人、原子力資料情報室を立ち上げた、高木仁三郎さんについては反原発運動学者としての象徴的な存在で、また宮沢賢治の考えの実践者として有名な方でした。 
 賢治の地元、岩手県花巻市から贈られる賞で「イーハトーブ賞」というのがあります。イーハトーブとは、賢治が目指していた理想郷という意味の、賢治自らが使っていた造語です。高木さんは、1995年の第5回のイーハトーブ賞を受賞しています。高木さんと僕とは「省ちゃん、仁さん」という仲で、時間を忘れて宮沢賢治を語りあったものです。
 高木さんは、「雨にも負けず」の中の、「寒さの夏はおろおろ歩き」という部分が好きだと話していたように思います。この部分は、苦しみや悲しみの共有だと思います。僕は、「南に死にそうな人あれば、行って恐がらなくてもいいといい」という部分でした。この部分で、僕は死にたいする恐怖を少し軽くするように感じることができたと思います。
 高木仁三郎さんは、2000年10月8日に62歳という若さで亡くなりました。「市民のために大切な科学とは何か、科学と人間の関係について」という考えで、宮沢賢治と考えの高木さんの考えに共通性があったよう思います。
 もう少しで仁さんの命日がやってきます。

 「あまちゃん」で静かなブームになった、「星めぐりの歌」の歌詞を書いておきたいと思います。星がきれいに見える秋、この詩に思いを馳せながら、空を見上げるのは、如何でしょうか。(詩の雰囲気をつかんでもらうため、原文に忠実にしながら、現在用語を使いました)

星めぐりの歌
あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の つばさ
あをいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。

オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす、
アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち。

大ぐまのあしを きたに
五つのばした  ところ。
小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて。

一人息子

 小津映画の中で、「一人息子」というのがあります。小津作品は親子、夫婦、兄弟姉妹、親類縁者などの関係を扱ったものが多く、大好きなものです。この「一人息子」というのは、戦後のまもない時代が舞台です。

 長野県の田舎に住む夫を亡くした母親が、紡績工場で働きながら一人息子を育てていくところから始まります。
 生活苦のため、母は息子に対して「中学校なんか行くことはない」と言いながら、勝手に中学進学を決めた息子。やがて、息子も大人になって東京で仕事をしています。母が長野の田舎から息子を訪ねると、母に内緒で結婚をして、子どもまでいるという現実。市役所に勤めていると聞いていたようですが、息子は夜学の教師。やっとこさ生活が出来る程度の息子の家に、しばらくやっかいになります。エエかっこをしたい息子は、同僚にお金を借りたり、妻は着物を質に入れて母親を接待します。近所に住む人たちも同じように貧乏な暮らしをしています。そんな中、ある事故が起こります。質屋から借りたお金を、息子は事故で怪我をした近所の人に渡します。その事を知って、母親が「東京のどこに連れて行ってもらうより、良いお土産になった」と語り、息子も「よーし、僕も勉強して頑張るぞ!」と決意をして映画は終わるのです。

 母親役は飯田蝶子、大人になっての息子役は大坂司郎が演じています。とても味のある名演技です。

 この映画の冒頭に出てくる字幕の言葉を、急いでメモしました。
 「人生の悲劇の第一幕は、親子になったことにはじまっている」というものです。「子ばなれできない親、親ばなれできない子ども」ということが、言われます。「子離れ、親離れのすすめ-親と子の自立心を養うために」という本もどこかの古本屋さんで見かけてことがありました。
子離れ親離れがなるべく早く進むというのが、あるべき姿だとは思いますが、しかし、子どもも親も、隣り近所の付き合いや相互の援助が少なくなった状況の中では、親と子どものつながりが強くなるのは、仕方がないと思います。もう少し近所付き合いや、地域社会の中でみんなが育てられていく状況が強まれば、子離れも親離れもスムーズに進むと思うのですが。

 田口ランディさんの著書で「鳥はみずからの力だけでは飛べない」というのがあります。ランディさんが、ひきこもり生活をしている少年・一穂に書いた10通の手紙で構成されています。
なぜ学校へ行かなければならないのだろう?大人になるってどういうこと?生きることにどんな意味がある?

 「考えてみて。
これまでに、一穂より先にたくさんの人が死んだ。
同じ年に生まれた人だって、
もう死んだ人たちはいっぱいいるはずだ。
それでも一穂は生きている。そのことを想ってみて。
いま、生きている。
世界にどんなにたくさんの死があっても、自分はいま生きている。
そのことを、想ってみて。
そして、生きることへの、欲望の火を灯して」

沸騰水型(BWR)原発で再稼動申請の動き

 昨日、中部電力が、浜岡原発4号機の再稼動申請を、年度内に行う意向を明らかにし、今日は新潟県が柏崎刈羽原発6・7号機の再稼動に向けて、東京電力が申請手続きを行うことを条件付といいながらも、許可しました。

 7月8日に「新規制基準」が施行された時、北海道、関西、四国、九州の各電力会社が再稼動申請を行いましたが、いずれも加圧水型(PWR)原発でした。

 事故を起こした福島第一原発が、沸騰水型原発であったため、再稼動申請は加圧水型先行、いくら厚顔無恥な電力会社でも、沸騰水型は当面見合わせるだろうと思っていました。そういった中での、中部電力の再稼動申請意向表明と新潟県の申請を認めること表明です。

 地域電力会社は、国内に沖縄電力を除いて9電力会社がありますが、影響力を強い電力会社と、そうでもない電力会社に分かれます。端的に言えば、影響力とは営業収益、会社規模のことです。東京、中部、関西、九州が上位にランクされます。それ以外の電力会社は、中位または下位にランクされます。しかし、下位にランクされる電力会社でも、その地域では大きな影響力を持っているのが現実ですが。

 東京電力が、柏崎刈羽原発の再稼動申請の動きを見せた時、新潟県の泉田知事が東京電力の手続き先行に怒りを示し、東京電力は外堀り固めの戦術に入り、今日の申請を認めるということになったと思います。

 沸騰水型原発の主なものは、東北電力の女川、東京電力の福島と柏崎刈羽、北陸電力の志賀、中部電力の浜岡、中国電力の島根ですが、東京電力が身動きできない状況の中で、下位にランクされる中国電力の島根原発が先手を打っての再稼動申請はあり得ないだろうと思っていました。

 東北電力の女川原発は震災原発ですし、北陸電力の志賀原発は活断層問題が、中部電力の浜岡原発は南海トラフ、東南海地震の問題が有ります。

 そんな中での、浜岡原発の再稼動申請の動きです。やはり上位ランクの電力会社が動きました。中部電力と東京電力が申請すれば、中国電力も目上の親分のメンツを立てたと思って、島根原発2号機の再稼動申請、3号機の運転開始許可を得てくる可能性が大です。

 再稼動申請に対する原子力規制委員会の手続きは、この年末から来年の春までが、大きな山場になると思われます。原発ゼロを実現するために、再稼動をさせないための声を大きくしていくことが大切だと思います。

伝えるということ

 自分の気持ちや思いを表現するということ。日常的に使っているものとすれば、言語だと思います。話すこと、書くことが一般的だと思いますが。

 先日、兵庫県の芦屋市で「ダンスコアポッシブル」による、バレエの発表会がありました。このダンスを主宰している小谷さんという方が、昨年の夏、広島市で原爆の悲惨さと福島原発事故被害者に思いを馳せられた発表会を開かれ、その手伝いをしたことから、小谷さんとのつながりが始まりました。小谷さんは、ヒロシマの被爆二世で
す。
 バレエは、まったく言葉を発しません。踊りの中にこれは何を表現しようとしているのかということを考えるのが、その醍醐味だと思います。

 ステージは、黒と白の約10メートルの横線のものがあるだけ。とてもシンプルでした。3日間の連続公演でその2日間を観させていただきました。

 居ながらにして、喜び、怒り、悲しみ、希望の世界、死後の世界、そして故郷を思う望郷の気持ち、先祖に思いを馳せる気持ち、友人を思う気持ち、昔付き合っていた人への思い、そんなものを受け取ることができたようです。

 複数の人が踊るステージでは、普通は一人または二人の人に視線は集中するものですが、10人以上の人がそれぞれ異なる踊りをすると、視線はどこにやればよいのやら、混乱するものです。しかし、それぞれの人が異なる所作をしながらも、それが全体として観ることができました。この言わんとする意味はなかなか分かりにくいとは思いますが、複数の人がそれぞれの場所で、その役割を果たして、全体としてひとつにまとまることの美しさです。

さすが小谷さん。ダンスの中に今の世の中に対する問題提起、人間が尊重される社会、科学と人間の有り様などを訴えていました。

 僕が、今より若いころ、影響を受けた人物に寺山修司がいました。彼は、演出家、劇作家、随筆家、脚本家、俳人、詩人といった、たくさんの肩書きを持ち、「言葉の錬金術師」という異名を持っていた人で、劇団「天井桟敷」を主宰していました。47歳で亡くなっています。
 彼の言葉で「人生には、答えを無数にある。しかし、質問はたった一度しかない」「親の愛情、とりわけ母親の愛情というものは、いつもかなしい。いつもかなしいというのは、それがつねに『片恋』だからです」というのが心に残っています。今年は、没後30年にあたります。

 また若かりし頃、広島城公園などを舞台に行われていた、テント芝居を観にいくのが好きでした。今は、行政が許可しないらしく、無くなってしまいましたが。最後は、夜の闇の中、空に向かって火が上がり歓声を挙げたものです。
 思いは相手に伝わらないと、単なる片思い、その手段は多様ですよね。

ブログ開始から2か月です

 書籍の購入やパソコンプリンターのインクなどは、ほとんどAmazonで購入しています。そして、クレジットカードは楽天カードです。クレジットカードは持ちたくないと思っていましたが、Amazonの購入などで必要なために持ちました。

 この買い物をする時、いつも嫌だなあーと思うのは、Amazonや楽天の顔が見えないことです。本を購入する場合、古くて本屋さんの店頭に無いものも、安い値段で購入できるし、Amazonは便利です。しかし、こういったインターネット書店の台頭で、地域の本屋さん、特に小さな本屋さんが無くなっていくのは寂しい限りです。

 Amazonにしても楽天にしても、お問い合わせはこの電話番号にというのがありません。問い合わせも苦情もすべて、インターネットでというのは、ますます会話の無い社会に向かうようで、恐れさえ感じます。まさに失語症の時代が心配です。やはり、声と声のやり取りの中で、起らなくても良いイザコザやトラブルも起きないだろと思うのですが。

 21日~22日が兵庫県の芦屋、23日~24日が東京です。ゆっくりする時間が無くて、このブログも途切れてしまいましたが、ブログを始めたのが7月21日ですから、2か月が過ぎたことになります。

 ブログを始めて良かったこと、それは中途半端に知っていることも、いざ文章にするとなると、きちんと確認するようになったことでしょうか。人の名前、年代、費用などなどです。飾らない、本音の気持ちの文章で、省ちゃんファン!!の方にインパクトのあるものを書いていきたいと思います。これからもよろしくお願いします。

原発汚染水どうする

 福島第一原発からの汚染水問題についての、安部首相の場当たり的な発言を聞いていると、この人の無知ぶりをさらけ出しているという感じがしています。

 これは全地球的な問題で、海外のメデイァは東京電力や日本政府の対応に怒りの報道を繰り返しています。福島県の住民がテレビインタビューで、安部首相の発言について「また、いい加減なことを言ってるわー」と答えていたのが、そのことを象徴していたと思いました。

 汚染水対策について、僕なりに考えてみました。京都大学原子炉実験所の小出裕章さんが主張している内容ですが、もっとも安定しているとされているタンクである、大型タンカーに積み込んで、東京電力の敷地である新潟県の柏崎刈羽原子力発電所に運んで、そこで「ALPS」と呼ばれる多核種除去装置で放射性物質を除去する方法です。
 ALPSは、62種類の放射性物質を取り除くことが出来ると言われています。100%の除去は不可能ですし、放射性物質であるトリチウム(三重水素)の除去は不可能です。参考までに、トリチウムは半減期12.3年、ベータ線という放射線を出す物質です。

 現在の原油輸送のタンカーは大型だと20~30万重量トン規模ですから、結構な量が輸送できます。そして、福島第一原発の回りには凍土壁と遮水壁の二重の壁で被うという方法です。この凍土壁、遮水壁は余り信用できないと思います。しかし、今に至っては、この方法しかないと思います。

 タンカー利用も、当然問題点はあります。
 まず、タンカーと言えども海に浮かぶもの。事故の危険性もありますし、国際的な理解が得られるか。そして、新潟県の了解が得られるかどうかの問題があります。

 しかし、私たちもただ汚染水の撤去は東京電力の責任だ!と言ってるだけでは、この問題は解決しないと思います。当然、東京電力や政府は、謙虚に国民の声に耳を傾けて、この問題の解決に向けて世界中の理解を得ることが必要だと思います。その前提は、東京電力や政府が、これまでのような情報隠し、嘘、ごまかしの体質を改めるこ
とだと思います。

 2020年の東京オリンピック。福島第一原発の状況を見ると、オリンピックどころでは無いでしょうと言いたいところですが、このオリンピック開催問題で、世界中から日本の対応に対して背中が押されたと思います。日本国民は何とか騙されても、世界の世論は騙せません。

 そういう意味でオリンピックを捉えて、この国の動きに意見を言っていきたいと思います。

子ども・被災者援護法

 子ども・被災者支援法というのが有ります。この法律、正式な名前は「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」です。
昨年の6月21日に、国会本会議で全会一致により可決・成立しました。

 皆さんの記憶にある事件では、この法律を所管する復興庁の元参事官が「ツイッター」上で、「懸案が一つ解決。白黒つけずに曖昧なままにしておくことに関係者が同意」と書き込み、具体的な支援施策作りの大前提となる「線量基準」の検討を曖昧にしたまま、7月の参議院選挙後に先送りしたことで関係省庁と合意したことが明らかになった、あの法律です。
 昨年6月に法律が全会一致で成立しながら、そして被災者から即急な支援策を求める声が上がっていながら、これを無視するような申し合わせが秘密裏になされていたことが明らかになりました。

 この度、8月30日になって、この法律の基本方針案が示されました。しかし、問題だらけです。箇条書きすると次のようなことです。
1、 公表までに被災者の声を聞く措置が取られていない。
2、 検討過程の議事録なし。検討資料は公表せず。
3、 支援対象地域が非常に狭い。基準にすべき1ミリシーベルト以上の汚染地は福島をはじめ岩手、宮城、栃
木、 群馬、茨城、千葉、埼玉をあわせて104市町村有ると言われてますが、この度の対象地域は福島県の浜
通り、中通りの33市町村のみです。
4、 対象地域に即した施策は3つしかない。
5、 国の責務として行われるはずの「県民健康管理調査」は福島県の事業のままで、国の事業にされていない。
6、 被ばくの健康への懸念に関する施策は具体化されず、検討に留め置かれている。

 今年5月27日、国連「健康に対する権利」に関する特別報告者アナンド・グローバーさんは、国連人権理事会に事実調査に基づく報告書を提出し、日本政府に対する詳細な勧告をしています。
  アナンドさんは、インド人の弁護士です。勧告は、事故時の対応など多くの分野に及んでいます。全てに関心がある方は、ホームページなどで検索していただきたいと思いますが、被ばくに関する主なものは、次の通りです。
○ 日本国政府の施策は、低線量被曝の影響を過小評価している。
○ 公衆の被ばく年間線量は1ミリシーベルト以下にすること。
○ 住民と原発労働者に対して包括的な長期間にわたる健康調査を実施すべきである。
○ 子ども・被災者支援法の対象地域は、事故当時居住していた地域が1ミリシーベルトを超えて汚染されたすべて
の地域であるべきだ。
などを示し、日本国政府の事故に対する対応を、チェルノブイリ事故の住民保護政策から見ても著しく劣悪であり、極めて不十分だと指摘しています。

 この勧告に対して5月27日、日本政府は多くの誤解があるとして文書で反論を行っています。僕の目には、この勧告はとても重要な点を指摘した、原発事故被害者への支援の基盤となると思うのですが。

 この法律の具体策の閣議決定は、9月下旬と報道されています。閣議決定の前、来週火曜日の9月24日、この問題で復興庁、環境省、厚生労働省との交渉が行われま
す。僕も参加してきます。

 ヒロシマ・ナガサキの被爆者に対する、原爆被爆者援護法の制定を求める行動のため、被爆者の人たちと何度も何度も上京したことを思い出します。
 被爆者援護法も未だ不十分ですが、広島に住む者として、否、ヒロシマ・ナガサキの経験に代表される日本の平和運動を少しでも担っている者として、福島原発事故の被害者に対する国家補償に基づく援護法を成立させる活
動は、僕にとって大きな使命だと思います。

 その第一歩が、子ども・被災者支援法を、中身の有るものにすることでしょう。

貧しても鈍しないように

  「貧すれば鈍する」という言葉が有ります。国語辞書で検索してみると、『貧乏すると、生活の苦しさのために精神の働きまで魯鈍になる』と書いてありました。同じような意味だったら、「衣食足りて礼節を知る」というのも有りますよね。

 僕はどちらかというと、「貧」のようだと思いますが、これは比較の問題でしょうから、上を見ても、下を見ても限度が無いものだと思います。

 ワーキングプアーという言葉、派遣や契約といった非正規な雇用形態、過労死という言葉から出てきた長時間労働、若い人も年配者も、一部の金持ちを除いて、多くの人たちが「貧乏」で、余裕のない暮らしの中にあるように思うのです。

 非正規という雇用は、ただ単に「貧乏」というだけでなく、雇用の不安定ということで、平和運動や環境問題に対する活動といったような、社会活動への参加を躊躇するという状態を作り出していると思います。非正規については、大方の労働組合がその身分保障について消極的ですし、家族もそのような活動に参加することにブレーキを掛けていると思います。「貴方が、別にやることも無かろう。嫌われんように」といった感じで。本人も、肉体的にも精神的にも余裕が無い中では、静かにゆっくりということになりそうです。社会活動に関わることよりも、スマホやパソコンといった、「内向き遊び」によって生活を楽しむ方が、安上がりでしょうし、面倒な他人との関わりも必要無いし。ますます、この傾向は加速すると思います。

 社会的な問題に興味や感心、意見を持っていても、その問題の解決に向けての行動参加は出来ない状況になってしまうのは、これからの日本の状態を憂うことの始まりのように思うのです。

 監視・管理社会化、「不適切」な人物を排除する方向に向かうと、社会活動に参加することすら出来にくい世の中になるのではと思います。「気にしないで、頑張ろう」と言っても、そういうことで被害というか不利益を受けた人を、僕の力で助けてあげるということに責任が持てません。困ったものです。

 「出る杭は打たれる」という言葉もあります。「出すぎた杭は打たれない」、これは、僕が勝手に考えました。しかし「出すぎると、杭は引き抜かれる」可能性もあります。

 「貧」しても、決して「鈍」することの無いように、しっかりと世の中を観ていき、子どもや孫たちに、その生き方の基本を見せたいと思うのですが、なかなか簡単な話では無さそうですが。

僕の作業部屋

 僕が自宅で原稿を書いたり、読書をしたり、資料を調べたりしている部屋、BOXファイルでいっぱいです。改めてその数を調べたら、115程ありました。

 そして、以外と整理されているなと自慢する本類。
 パソコンは3台。その内、XPが2台。セブンが1台です。来年の4月には、XPのサポートが終わるので、新しいのにしようかなと思っています。
 それと、いろいろな物が貼り付けてあります。スケジュール表、スケジュールに関するチラシ類、数年前からの内閣閣僚名簿。パソコンの使い方のメモ。そして、これは良い言葉だと思ってメモしたものです。

 その言葉を紹介したいと思います。
 立花隆さんの言葉。
=人生における最大の禍根は、自分の人生を生きたいように生きなかったときに生じる=

 小津安二郎の言葉。
=ぼくの生活信条として、何でもないことは流行に従う。重大なことは道徳従う。芸術のことは自分に従う=

 河島英五の言葉。
=心から心へ 
ふりかえると いくつもの幸せ
ふりかえると いくつかの哀しみ
いそがしさを いいわけにして
あなたとゆっくり話すこともなかったが
あなたが いてくれたから
がんばって これたんだ
あなたを 支えにして
あなたに ほめられたくて

 マーティン ルーサー キングの言葉。
I Have a Dream(私には夢がある)

 今年を象徴した言葉として、どこかで聞いたこんなのもありました。
「波乱万丈 物情騒然 右往左往」

 部屋は、眠る部屋と、置き場の無い本を置いた部屋を合わせて3部屋ほど使っています。子どもたちの部屋だったのですが、みんな結婚して空き部屋になってしまいました。

原発ゼロの日は敬老の日

 原発ゼロ」の日になりましたね。ずっとこの日が続くようにと、身の引き締まる思いです。

 「夏場の電力不足」という脅迫的な悪宣伝により、昨年の7月に大飯原発3~4号機が起動させられ、本当に「夏場」が終われば、停止ということになるのかなと、期待もしていましたが、ずるずると運転が続けられてしまいました。
 やはり、当時政権を持っていた民主党の責任は大きいと思います。

 関西電力大飯原発4号機は、15日の午後4時40分から原子炉の出力を除々に停止させ始め、午後11時に発電を停止、16日の深夜1時33分に原子炉の完全停止となったそうです。今度は、電力不足の脅しは通じないと思います。そんな中、NHKニュースを観ていたら、おおい町の「地元の声」が、「原発が動かないと仕事が無くなる、若い人が都会に出て行き困る」というのを伝えていました。今度はこの脅しでしょうか。

 そして今日は「敬老の日」。
 母親がいた頃、たぶん70歳以上だと思いますが、広島市から敬老祝い金が贈られていたことを思い出します。市から送られた小切手を銀行に持って行き、これもたぶん金7000円だったと思いますが、受け取っていました。いつまでも息子思いの母親は、このお金を僕にくれていました。だから、敬老の日が来るのが楽しみでした。

 今でも、敬老金というのがあるのかなあーと思い調べてみたら、有りました、有りました、しかし年度内に満100歳になる人が対象だと。何と何とハードルが高いことか。

 逆に高齢者の虐待に対する、相談受付けという言葉が目に留まりました。いやはやです。

 敬老の日を前に、3歳の孫が通う保育所から、孫が差出人の手紙が送られてきました。僕の似顔絵と保育園からのひと言が添えてありました。

 ほんのこの前には、母親の敬老祝い金を楽しみにしていた息子が、あっと言う間に孫からの手紙を「喜ぶ」ことになったのです。

 しかし、僕の口から出てきた歌は「命短し、恋せよ乙女」です。いつまでもこの気持ちでありたいものです。この歌、森繁久弥でしたよね。

理想の女(おんな)像は?!

 どんな女性が好みのタイプ?と聞かれたら、「スタイルが良くて、キレイで、若くて、気立てが良くて。村田英雄の唄った『夫婦春秋』の歌詞のような人」と言ったら、「馬鹿言うなよ。そんなの居るはず無いし、あなたおかしいのじゃあない」と言われるでしょう。

 僕は、小津映画に出演していた、原節子、香川京子のファンです。原節子さんは、引退してから一度も表に出ておられないけど、それはそれで素晴らしいと思います。香川さんは、時々テレビなどで観ますが、年をとっても、いつまでも理想のタイプ。

 好みのタイプと言う前に、嫌なタイプを話しておきたいと思います。それは、自分の不幸せや不満を、他人や周りの理由だとしか考えない。具体的には、人の悪口や、不満ばっかりを話す人は苦手です。不満の対象になるの相手は、職場の同僚、配偶者、親、兄弟姉妹、子ども、学校の先生、活動仲間などなどです。それと自分の価値観が最良のものだと思い込んで、それを他人に押し付ける人、そしてついでに言うと、自分のためになる時は、利用して仲良くしているように見せておいて、用事が無くなると知らんふりをする、自分勝手な人は苦手です。

 やはり僕は、自分の中にいつも理想の姿を描き、その目標に向かって頑張っている人が良いです。国家試験の資格を取ること、成りたい仕事を目指していること、クラブ活動に頑張っていること、貯金の目標額を決めて、それに向かってせっせと節約していること、良い映像とレポートを作るために頑張っているマスコミ者、などなどです。もちろん原発の無い社会を作ろうと頑張っていることもです。

 そして、ユーモアのある人、笑顔が良い人、誰とでも、コミュニケーションを作ろうとしている人、本音というものを持っていて、いざという時はそれが語られる人、前向きな形で自分の方向を改善して行こうとしている人、などなどでしょうか。

 こう考えていると、好みの女性ということでは無く、好みの男性にも共通していることだと思いました。しかし、僕は男ですから、相手が女性の方が嬉しいかもですね。

 男女、年齢、職業に関係なく、「省ちゃん一緒に進もう」と思っている人と、たくさん話しをして、多くのことを吸収して、まだまだ僕自身が大人になって、一緒に理想の社会を目指したいものですよね。

理想の男(おとこ)像は?!

 「若い女性の理想の男性は何だと思う?」と職場の人から訊ねられました。「さあー」と僕は生半可な返事でした。
 理想の男性は、自衛官だと。

 その理由は、「筋骨隆々!元気!男らしさ!強さ!」そして「安定している公務員だから」。「そうなのか」と返事をしながらも、「そうだろうか」と僕の心は悶々としていました。

 「草食系、軟弱」と形容される男性が多い現在(僕はそうとばっかりとは思いませんが)、若い女性にとって、筋骨隆々、元気で、男らしくて、強くて、というのは確かに理想だと思います。

 しかし人間が生身の動物である以上、いつまでも、この状態が続く訳はありません。年齢を重ねる毎に、体力は衰えるのは仕方のないことです。年齢を重ねても筋骨隆々だったら、まさにキモイ!!

 外面に向かった強さとは、要するに腕力というか、まさに強さそのものに象徴されるでしょうけど。これは、若い時は、ある程度の訓練で鍛えられるものだと思います。

 決して決め付ける訳では有りませんし、人をこうだと決め付けることが、一番嫌いな僕です。人間は「なになに系」と決めつける程、単純なものではないと思うからです。しかし、体力や強さが悪く作用されて、犯罪になることも多くあると思います。体育会系のラグビー部とか柔道部系の学生らが、起こす、自らの腕力を使った事件のことも思います。僕が働いている職場でも、以前、昔ノンプロ級の人が、相当にキツイ言葉で、同僚を不愉快な思いにさせていたことがありました。

 僕がいくら頑張っても、体力的に若い男性に勝てる訳がありません。
 
 外面に向かった強さとともに、内面に向かった強さがあると思います。それは、気骨であり、きちんとした考えであり、考えと行動の統一性だと思います。そして、「味」でもあると思います。「内にある強さ」をもっと解説すると、いつまでも心の若い人、柔軟な人、優しい人、しっかりとした考えを持っている人、そしてユーモアのある人、笑顔がある人、だと思います。

 このブログの前号で、「僕が先生という人」で紹介した、品川さん、中尾さんは、まさに「内にある強さ」を、充分に持っている方です。

 こんなことを考えている時、この方も80歳は過ぎておられる女性の友人からメールが届いていました。メールには、「目下、十月の文化祭に向けてフラの練習に精を出しています。では、someday をたのしみに、bye now 」と。

 英語は堪能、フラとともに、長刀(なぎなた)をやっている、素晴らしい女性です。次回のブログでは、理想の女性像について僕の考えを書いてみたいと思います。

僕が先生という人

 僕が「先生」と呼び人は二人おられます。お一人は、今年満90歳になられた品川信良さん、もう一人は来年、同じく90歳になられる中尾英俊さんという方です。

 品川信良さんは、青森県弘前市に住んでおられて、青森市民病院長や弘前大学病院長などをされた方です。現在、セミナー「医療と社会」を主宰されています。チェルノブイリ原発事故から10年後の1996年にチェルノブイリに行く企画があった時、ご一緒してからの付き合いです。今でも、「医療と社会」はやっておられますし、たまには弘前大学で講義もしておられます。とても、厳しい発言もしています。先日、電話で話したら「まだまだ元気ですよ。弘前に来てください」とのことでした。

 もう、お一人は九州博多に住んでおられる、中尾英俊さんという弁護士です。上関原発をめぐる入会権裁判を通じて、友だちにしていただきました。とても、気骨のある弁護士です。

 お二人の共通点は、自分の考えをしっかり持っていて、それを発信されながらも、とても心優しい方です。僕の人生の理想の姿のような方です。お二人のような人生を歩みたいものです。

 最近の品川信良さんの著書に、「どうなる日本の医療」というのがあり、中尾英俊さんの著書では「平成日本歩き録」というのがあります。

 若い人には是非とも読んでもらい、お二人から「若さ」を、貰って欲しいと思います。

孫とデート

 3歳6か月の孫が、水疱瘡になり保育園を休まざるを得なくなりました。僕も、月曜日は週休日。そんな訳で、二人だけで電車に乗って、遊びに行くことにしました。

 JR電車に乗って、広島駅に行き。新幹線ホームで新幹線の見物。孫は、まさに「新幹線オタク」です。電車の先頭部分を見ただけで「N700」「N700A」と分かるのですから、ジジ馬鹿ながら大した者です。上り新幹線ホームで新幹線も見ること45分。「下り良し。上り良し」の指差し呼称は、本職並み。

 新幹線も見た後は、市内電車に乗って、僕の買い物2か所に付きあってもらい、百貨店のレストランで昼食。

 孫は、当然のように「新幹線ランチ」です。出てきたランチの器を見てひと言。「この新幹線は、今は走っていない」と。ゆっくり時間を掛けて、二人並んで食事。熱い、海老フライは僕の持参したウチワで冷やしながら、食べました。

 僕は、孫が3歳の誕生日を迎えた時から、いわゆる幼児語で話すことは止めました。同じ感覚で、同じ立場で話すことにしています。孫のプライドと思いを尊重しながら、話します。4時間半の時間でしたが、市内では僕の友人にバッタリと4人も会いました。「じいちゃんはお友だち多いね」と言うから「たくさんの友だちを作るんだよ。みんなと仲良くしてね」と言うと、うなずいています。

 電車の中では、少し昼寝。自宅の近くのスーパーマーケットで、アイスクリームとメロンを買いました。

 孫は、夕食時に今日の出来事を、元気いっぱいに話します。

 久しぶりに、息抜きのできた一日でした。孫も、そしてついでに僕も、少し成長したような感じです。

 この孫が、成人になった時、この国は住みよい状態になっているでしょうか。家族みんなでアイスを食べながら、思い巡らしていました。

今日の東京市場

 資金が有る訳が有りませんが、株価の動きを趣味のように毎日見ています。

 今日の東京証券取引市場(東京市場)で、今朝の始まりに一時、ALSOK(総合警備保障)の株がストップ高となりました。金曜日の終値が1860円で今朝は2260円までの上昇です。400円高です。
 ちなみに、セコム、日本駐車場開発も大きく値を上げています。

 オリンピックの東京開催が決まったら、この株は上昇するだろうと読んでいました。先週の金曜日に100株購入していたら、ほんの30分で4万円儲けたことになります。

 なぜオリンピックとALSOKかと思われるかも知れませんが、オリンピックは警備会社の儲けのチャンスなのです。もうすぐ9・11がやってきますが、9・11以降、警備会社の株価は上がりました。オリンピックも、警備ビジネスの儲けチャンスなのです。公共輸送ルート、電車、空港、検問所の監視カメラはオリンピック決定でますますやりたい放題になることが予想されます。

 北京オリンピックでは、警備名目で130億ドルが使われたと言われてます。

 東京では、ほぼどの地でも監視カメラによる監視が行き届いていると言われますが、ますます浸透することが懸念されます。

 犯罪防止、テロ対策、選手や外国要人の保護を名目にしますが、国民のプライバシーを犯すことになります。

 「秘密保護法」、監視カメラ、情報管理、一見正当と思われる理由で、戦前のような管理社会になることはお断りしたいです。そんなことなら、オリンピックなんていらないと思うのですが。

 株で儲けたいと思っている方、どうぞご相談下さい。ただし責任は決して持ちませんから。
 
 2011年3月11日の東京電力株の終値、たぶん2121円だったと思います。
 それが、見る見る間に500円以下となりました。株価について、「山有れば、谷有り。谷有れば、山有り」と言いますが、東京電力の山は今世紀は無理でしょう。それより前に破綻させるべきでしょう。

 

2020年東京がボイコットされないために

 朝、起きてラジオのスイッチを入れたら、2020年オリンピックが東京になったとのこと。「えー、ウソー」と瞬間的に思いましたが、仕方ありません。

 テレビを観たら、安倍首相が「放射能の被害は、これまでもこれからも起きることはありません」という趣旨の発言。この男の軽薄ぶりをまたもや感じました。続いて、TBS系列のサンデーモーニングを観たら、寺島実郎さんが「いろいろ考えを持っているけど、日本のオリンピック開催が決まり、日本は国際社会ときちんと向き合わなければならない」と発言していました。

 前の東京オリンピックは、僕が高校1年生の時でした。この時は、戦後からの復興のシンボルとして世界からも大目に見てもらったでしょうけど、今度はそうもいかないでしょう。

 福島第一原発の汚染水処理を含め、これまでのようないい加減なごまかしでは、国際社会は許さないでしょう。
原発事故と思われる被害者が多く発生するというような事態になれば、「原発事故の影響ではありません」というごまかしも通じないと思います。

 2020年までに脱原発を実現して、原発の無い社会に進む日本を世界中に示すべきです。アメリカ一辺倒では無く、この国のきちんとした考えを示すべきです。きちんとしたとは、憲法を守り、原爆と原発の被ばく国として核の無い社会を実現するための積極的な行動をするべきです。

 そういう意味で、世界中の国々から信頼されない限り、2020年は自らオリンピック開催地を辞退するか、もしくは世界の国がオリンピック参加をボイコットされることも考えられます。

 2020年、僕は71歳になっています。まだ男の平均寿命には届いていませんから、生きている可能性が多いと思いますが、きちんとしっかりとこの国の動きを観ていきたいと思いますし、そしてボイコットされないためにも、自分の役割を果たしたいと思っています。

思慮の無い発言、否、本音

 東京がオリンピックの開催地にならないことを、願うような気持ちになりました。そうは言っても、昨日まではどうでも良いという感じでしたが、招致委員会の竹田恒和理事長がブエノスアイレスで行った記者会見を聞いてから、本気で思うようになりました。

 竹田理事長は「福島とは離れている。東京は安全だ」と発言したことです。こんな事も発言しています。
「東京は水、食物、空気についても非常に安全なレベル、全く懸念はない」「福島とは250キロ離れている」と。同じ内容のことは、猪瀬直樹東京都知事も現地の空港で発言していたと思います。
 
 いわゆる社会的な立場の高い人の、こういった発言を聞いていると、本当に「軽薄短小 無知無能」を思わざるを得ません。竹田理事長は、きちんと謝罪し、理事長という職を辞するべきです。

 『東京は安全だ』と強調するのは『福島の現状はひどい』ということを認めることです。安倍首相も岸田外相も本音はそうだと思います。安倍は山口、岸田は広島。身近な政治家だから、二人の思っていることも想像できます。原発事故に対する、国の姿勢の根源を見ることが出来ました。
  野田内閣の時の「収束宣言」。この時から、原発に対する政府の考えは捻じ曲がって行ったような気持ちがします。
 
 この国はいつまで経っても、「総括しない」「反省しない」「責任取らない」体質です。「組織された無責任」「組織されたあきらめ」。再来年は戦後70年。原爆投下からも同じです。いつまでも、1945年の夏のあの日ではないでしょう。

情報ツールで考える

 僕の場合、情報を得る手段は、まずは新聞、そして専門紙、メール、メーリングリスト、フェイスブックなどでしょうか。

 15以上のメーリングリストに加入しています。原発をめぐる各地の動きは、昼夜関係無く、まさに24時間体制で入ってきます。
  これらの情報を得るために、パソコンは必需品です。外出中にも、必要なためワイファイ用で使えるモバイルパソコンも持ってしまいました。これらのツールを使っています。だけど、スマートフォンは持っていません。理由は、あの手を滑らすのはどうも苦手なような感じがしますし、大きな理由は老眼で小さな字は読めないからです。そして、先日も書きましたが、DVDで映画を観るのが趣味ですから、スマホでは不可能だと思っているからです。

 2003年に発刊された中公新書、「ケータイを持ったサル」というのを読みました。著者は、正高信男さんです。今のようにスマートフォンは無かった時代ですし、携帯に対する頭からの偏見というか、使い方によってはとても役立つ物だという視点は少し持ってもらいたいという気を著者にも感じますが。
しかし、今の若い人たちを中心にした、「失語症の時代」に対する懸念の部分はとても興味深く読みました。
 
 そう言えば、失語症の時代という本も本棚の中に納まっていました。正しくは、「『勉強しなさい』しか言えぬ親たち-失語症の時代」というタイトルでした。この本は1979年の本ですから、「ケイタイを持ったサル」よりも20年以上前です。時間的には20年以上の離れがあるのですが、その根底の親たちの苦悩には共通点があるように思うのです。

 「失語症の時代」の子どもたちが親世代になり、その子どもたちが「ケータイを持ったサル」になって、心配されているという時の流れとなります。これから20年過ぎたら、どんな題名の本が出て、その時代を風潮するでしょうか。

 「絵文字でしか笑えなくなった人類たち」はどうでしょうか。「ケイタイを持ち始めた猿と、携帯を捨てたくなったサルたち」を、僕は望むのですが。

 「電子書籍は使わないの」と訊ねられたことがあります。新しいもの好きの僕ですから、買いたいなあーと思い友人のを貸してもらいましたが、止めました。本の場合は、ペラペラとめくって先を見ることができますが、電子書籍はそれが出来ないことは無いようですが、あのペラペラという感じは持てません。だから、電子書籍は購入しませんでした。

 それにしても、町中から小さな書店が無くなっていることは、とても心配です。アマゾンに代表されるインターネット書店の増加からでしょうが。確かにアマゾンは便利だと思いますけどね。

 町中から、たばこ屋さんが自動販売機に替わった時、タバコ屋のおばさんの顔が見られなくなり寂しく思ったことが有ります。「フェイスtoフェイス」が無くなり憂いたものですが、インターネットでフェイスブックが普及している状況を思うと、頭の中がますます混乱してきました。

覆水盆にかえらず

 事故を起こした福島第一原発から海に流れ出る、黒い帯状の汚染水の2本の流れ、これを上空から映したテレビ映像、とても衝撃的でした。そして、意外にも涙が出てしまいました。

 汚染水問題が深刻な事になっていることを知りながら、参議院選挙までひた隠しにし、選挙の争点から外したこと。この事に表現のしようがない、憤りを感じました。そして、2020年のオリンピック開催地が決まるまで、汚染水問題の国会閉会中審査を延期するという、悪らつで、かつ、巧妙なやり方にもしかりです。これで怒らな
かったら、私たちは何があった時に怒るのでしょうか。

 汚染水問題で、アベシンは「東京電力任せでは無く、国が先頭に立って対策を行う」という意味の発言をしていましたが、その表情に真剣さを感じません。「オリンピック開催地が決まるまでは、頑張るポーズをしておきます」と言えば、素直な気持ちを示したとして、それなりの「評価」をしたいと思いましたが。

 470億円の国費を使う、ということも根拠が読めません。「汚染水問題の解決が、この国の最大の課題だから、オリンピックの開催地候補を辞退する」とまで言えば、本気かなあーとも思いますが。野党も、国民の念願である??オリンピックですから、ダンマリを決め付けています。何か言ったら、「国賊、非国民」呼ばわりされる
だろうと、思っているからでしょう。

 それにしてもブエノスアイレス入りしている、JOC(日本オリンピック委員会)の委員や、猪瀬直樹東京都知事の顔には「なんで汚染水がオリンピックに関係するんやあー」という感じの、ノー天気で、的外れさの顔は、滑稽でもあります。

 マスコミも、ニュースの中での「汚染水問題がオリンピックの開催地決定に影響している」というものと、ワイドショーなどでの「オリンピック開催地決定まで、後○○時間」という、元オリンピック選手や芸能人が出演する秒読み番組に、つながりを考えさせないようなするやり方にも、巧妙さを感じます。

 「覆水(ふくすい)盆(ぼん)に返らず」という故事があります。これは、“一度別れた夫婦の仲はもとどおりにならない”や“一度したことは、もはや取り返しがつかない”ことのたとえとして使われますが、汚染水という覆水は、決して盆には返りません。

天候の変化に身体がついていけません

 酷暑と言われていた、今年の夏。夏の入り方も急速でしたが、涼しくなるのも急速ですね。身体がついていけません。

 これから残暑の厳しい日があったとしても、これまで以上に中国電力の最高電力も、更新されないと思いますから、今年の夏の最高電力は8月22日の1,112万KWで確定だと思います。昨年の最高値より27万KWほど増えていますが、酷暑と言われたのに比べれば、伸びていないと思います。というより、節電意識は浸透していたと思います。

 中国電力の資料によると、今年の電力供給力は1,250万KWです。これには、中国電力が自ら持っている電力供給量よりも15万KW増えています。その内訳を見ますと、自家発電買取の増が13万KW、太陽光発電の見込みが当初の4万KWから9万KWに増加。融通送電の減は49万KWから29万KWになり、夏季補修の増は0から18万KWとしていました。需要については、経済影響はプラス8万KWからマイナス27万KW。定着節電はマイナス30万KWからマイナス43万KWに。これは、電力需要が多かった2010年度との比較ですが。

 当初の最大電力予想は1,131万KWですから。予想最大電力よりも少なかったことになります。

 中国電力はホームページなどで、「無理のない範囲で節電を」という、とても曖昧な表現で「節電」を呼びかけていました。中国電力内部でも、エレベーターの半分停止、残業はみんながパソコンを一室に持参して行う。トイレの便座は暖めない、などです。この暑さの中、これ以上便座でお尻を暖められたら、お尻のアセモがひどくなります。

 電力会社である以上、電気を売って設けているのですから、売れてナンボの世界です。

 本気で節電して欲しかったのか、疑問に思います。「もっと使ってもらって、節電なぞ考えないように」と言えば、素直なのですが。素直になれないのは、電力会社の体質だと思います。

 

中学校同窓会の幹事会

 僕が五日市中学校を卒業して、50年となります。あれから50年、まさに半世紀です。

 当時の中学校の周りには、大きな建物も無く、校舎からはるか南側に列車の姿が見えていたように記憶しています。列車は、もちろん蒸気機関車です。

 4年前の還暦同窓会に続いて、卒業50年でも同窓会を行おうということになり、1日に幹事会を行いました。当時は、50人のクラスで7組ありました。集った幹事は、12人。定年退職をして、再びわが五日市に戻った人もいます。

 同窓会は11月3日に行うのですが、その内容はまとめ役の省ちゃんがみんなの意見を聞いて、さっさと決まりました。

 その後、それぞれが持参してきた、もみじ饅頭やチーズケーキ、果物というものを食べながら、話しが盛り上がりました。

 みんな、すでに両親を送っていました。話題は、さまざまですが、やはり健康のことでしょうか。女性は、骨粗しょう症、男は前立腺。そして、同窓生の亡くなった話、政治、体罰、仕事、消費税引き上げ、原発、などなど。孫自慢がそんなに出なかったのは良かったです。

 僕は、今でも当時のニックネームで呼ばれます。「◎◎ちゃん、よーい」とか「◎◎よーい」「◎◎」という感じ。◎◎は、恥ずかしくて内緒です。なんで、こんな呼ばれ方をしてたのでしょうか。そのルーツは、当の本人も分かりません。結構、人気者だったのかなー?。

 

高木基金の助成選考委員を委嘱されました

 高木仁三郎市民科学基金の助成選考委員を委嘱されました。

 高木仁三郎さんが亡くなって、この10月が来たら満13年になります。僕と高木仁三郎さんとの付き合いは、彼が東京神田の古いビルの最上階で「原子力資料情報室」を立ち上げた直後からですから、30年以上も前になります。高木さんと僕は、仲の良い友人関係でした。原発反対運動では、理論的主柱の科学者で、福島原発事故後は再び、高木さんの著書が再版されるなどです。

 僕たちは「仁さん」「省ちゃん」と呼び合う関係でした。高木さんが広島へ来ると、「人を幸せにする科学とは」「運動の後継者をどう育てるか」など、時間の経過を忘れて話し合ったものでした。

 その高木さんが、もう一つのノーベル賞と言われている、ライト・ライブリフッド賞を受賞し、その賞金を元でに、遺志を引き継いで作られたのが、高木仁三郎市民科学基金です。高木さんが亡くなった翌年の、2001年9月に正式に発足し、現在は特定非営利活動法人となっています。

 その選考の基準になる要点は次のようなものです。。
1、市民科学にふさわしい研究テーマ、研修先か
2、研究方法が適切で、しかるべき水準にあるか
3、研究成果をどう活かすか、目的と方法が明確か
4、市民科学とは何かを示す研究か、将来、市民科学の有能な担い手となりうるか
5、高木基金が助成するにふさわしいか
 
 この基金に申し込んで来られる研究成果を、市民目線からその助成について判断するための選考委員を委嘱されたのです。

 前からやってみたいと思った活動の一つですが、サラリーマンをしながらの、この活動は大きい負担になると思っていましたが、来年3月の完全退職を目前にして、応募していました。

 8月の終わりには、面接を受けるため上京していました。

 「委嘱をします」という決定を頂き、身の引き締まる思いです。
 また、様々な市民科学者という人たちの研究成果を直接拝見できるのは、楽しみでもあります。

 高木仁三郎市民科学基金も、高木さんを直接知っている人は少なくなっていると聞きました。直接、高木さんを知っている僕ですから、全力で頑張っていきたいと思います。頑張るという言葉は、余り好きでは有りませんが、やはり頑張ります。
 
 皆さんの高木仁三郎市民科学基金に、ご支援をよろしくお願いします。

Appendix

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