Entries

碑めぐり案内

 GWが終わり、今週になって平和公園を訪れる小中学校生が増えてきました。今の平和公園や原爆資料館は、外国人と小中学校生だらけという感じです。

 昨日、今年初めての平和公園の碑めぐり案内のガイド役を行いました。雨がほんの少し降っているという感じではありましたが、案内をしている時には傘を差さないで、やることができました。

 昨日の学校は岡山県内の中学校で、修学旅行にしては広島市は近すぎるなあーと思いましたが、日帰りの平和学習としてやってきたということでした。貸切りバスでやって来て、原爆資料館を見学、被爆者から被爆体験を聴き、その後、僕たちの案内で平和公園内の碑めぐりという日程です。

 碑めぐり案内の時間は1時間10分、8班に分かれて案内しました。僕のグループは16人、終わりは「原爆の子の像」の前に全員が集合して集会を、やっていました。この集会は本当に感激し、少し涙ぐみました。

 ふざけた感じの生徒もいますが、みんな真面目で熱心で、質問もありました。こういう言い方は良くないのかも知れませんが、本当に可愛いですね。僕にもあんな時代があったのですがね。

 小学3年生の孫がいるので、孫もあと少しでこんな感じになるのだろうかとか、そんなことを思いながら案内をしました。

 広島の小中学校も遠足などで、平和公園には来ているようだとは聞いていますが、広島市内の学校の生徒たちなら、平和公園は近すぎて、新鮮さを感じないかもしれませんね。

 ちょっと足を延ばして、毒ガス島といわれた大久野島とか、近いところでは戦争中に防疫所があり、多くの被爆者が火葬された似島へ行くのも良いのではないでしょうかね。

 今月末にも、今度は岐阜県の中学生への案内の予定も入っています。僕のような年齢になると、中学生らと話すことが少なくなるので、碑めぐりは楽しいことです。

 終わってから帰宅した頃に、強い雨が降り出しました。予定されていたマツダスタジアムでの広島カープの野球も中止になりましたが、碑めぐりの時は傘無しでやれたのは、ラッキーの限りでした。

 生徒達がやがて年齢を重ねた時、あー中学校の時に平和公園に行ったなー、資料館を見学して碑めぐりの時はおじさんが、説明してくれたなあーと思い出してくれるかなと感じました。

 その時には、彼らは何歳になっているのでしょうか。そして誰といっしょに来るのでしょうか。恋人と家族で、そしてその頃、僕はどうしているのだろうか??

スポンサーサイト

南北首脳会談で思うこと

 単純に板門店での南北首脳会談の様子をテレビで観たとき、震えるような感動を覚えました。軍事境界線で二人が握手をした時、そして文在寅さんが「近いうちに私も北へ行きたい」と云ったら、金正恩さんが「じゃあ今から行きましょう」と言って、文在寅さんが境界線をまたいだ時もです。

 プレスセンターでは、その映像を観た記者たちらから、大きな歓声が上がっていました。

 なんといっても、朝鮮戦争で国が二分され、未だに戦争が終わっていない「休戦」という状態、休戦協定が締結されたのは1953年7月のことですから、65年も前のことです。

 日本の政府では北朝鮮の問題というと、拉致が一番のようになっていますが、朝鮮戦争の終了が気になっていました。今年中には休戦から終戦に向かう雰囲気ですから、大いに期待をしています。

 安倍晋三首相、まさに「バカの一つ覚え」のように「圧力」しか言いませんね。本気で朝鮮半島の安全と安定を望んでいるのか、それにさえ大きな疑問を持ちます。

 日本政府が「蚊帳の外」に置かれ、この期に及んで金正恩さんからの「対話の用意がある」という呼びかけに、日朝首脳会談も射程に入ってきましたが、その会談が実際に行われることになった時、安倍さんが何の考え(ポリシー)に基づいて、どういう言葉を表現するかを考えると、まさに「心もとない」という気持ちです。まさか「ゴルフをやりましょう」にはならないでしょうから。

 僕の中で、北朝鮮の心配は二つあります。それは広島・長崎で原爆に遭った被爆者の人たちの援護のことです。韓国に住んでいる被爆者の人たちは、日本の被爆者と同様の援護対策を受けていますが、北に住んでいる被爆者は、その数も分かっていない状態です。「被爆者はどこに住んでいても被爆者」という援護の基本的な鉄則から考えれば、国交が無いから無理と簡単に片づけて良いとは思いません。国交が無いのが事実ですが、どうすれば解決されるだろうかと努力することが大切ではないでしょうか。

 それがヒロシマに住んでいる者としての、責務とも思います。特に広島の先頭に立っている市長には、頑張ってもらいたいです。

 二つ目は、繰り返された北朝鮮での核実験、その実験場周辺に住む人たちや実験に従事した作業員の人たちの健康問題です。これも実態は分かりませんが、一部のメディアは被害が出ていることを報じていました。

 朝鮮半島の統一については、様ざまな形態ややり方があるでしょうが、このことに適切なアドバイスが安倍さんに出来るだろうか、これも心配です。

 日朝首脳会談が行われたら、せめて「日本国内にある朝鮮学校への助成を行う」と言ってくれたら、それがキッカケになって良い方向に向かう一歩になるとも思うのですが。

 その大前提は今の安倍内閣に、「仲良くしたい」という気持ちが基本的にあるか否かでしょう。「核の脅威」「圧力、圧力」を言って、自らの支持率を上げようとしていた人のようにも思えますから。


今、必死になって読んでいる本

 今、必死になって読んでいる本、それは文藝春秋新社が出した「廃墟の光・甦えるヒロシマ」という、1961年に発刊されたロベルト・ユンクが作品で、原田義人さんが訳されました。

 でも今、読もうとしてもアマゾンで検索しても「在庫無し」になっています。大学教師の知人が図書館で借り、全部コピーしてくれました。ロベルト・ユンクはオーストリアのジャーナリストで、且つ運動家でもありました。1994年7月、81歳で亡くなっています。

 そのユンクさんが何度も広島に来て、彼の目線で多くの人を取材し、書きあげたものです。ユンクの代表作には「原子力帝国」というのがあり、これは数年前に再版されました。

 「原子力帝国」をユンクさんから直接頂き、見開きのところにはメッセージとともにサインも書いてある物を持っています。今では大切な宝物です。そのメッセージを、ドイツ語の分かる人に訳してもらおうとしましたが、その人もよく読み取れないような達筆で、書いてありました。

 僕がユンクに会ったの、たぶん1980年のことで、5回目の来日の時でした。今、考えればたいへん有名な人なのですから、それなりに意識してヒロシマのことなどを話せば良かったのでしょうけど、そんなことはほとんど考えもせず、いつもの調子で話したことは今思えば大後悔です。

 でも彼が、プロ野球・広島カープの応援歌のカセットテープが欲しいとのことだったので、購入したことはしっかりと覚えています。それが地元のユンク記念館に展示してあることは、ビックリでした。

 有名人といえば2015年にノーベル文学賞を受賞した、ベラルーシの作家スベトラーナ・アレクシエービッチも平和公園を案内したことがあるのですが、まさかノーベル賞作家になるとは想像もせず、いつもの調子で話したのは、これまた後悔です。

 ユンクさんの書いた「廃墟の光・甦えるヒロシマ」は、部落差別のこと、プレスコードのこと、子供たちが受けた心の傷のことも書かれてあります。暴力団と警察、暴力団と進駐軍のつながりも書かれてあります。

 まさに凄い観察力で、その当時の広島の「臭い」が伝わってきます。それも人間の本性に迫り、生きることの執念を描いている、我慢できない臭いであったり、希望の風を感じる爽やかな匂いでもあります。

 ユンクも日本には5回来た人とはいえ、外国人です。しかし多くの人に取材し、自国に戻ってからも、広島で彼を支えた人の協力がありました。

 彼を広島で支えた人と、ユンクとの間に取り交わされた手紙などを元に、この夏にはもっとすごい本が出版されるようです。その人もユンクさんも、もうこの世の人ではありませんが。

ブログ600号達成、「尺」を考える

 「省ちゃんの前向き語り」ブログ、今号で600号を達成しました。この日に合わせてくれていたように、ノーベル平和賞を核兵器廃絶国際キャンペーン「ICAN(アイキャン)」が受けることになり、本当に嬉しく思っています。

 このことをニュースで知って、核兵器禁止条約に反対した日本政府に対し「ざまをみろ」という言葉が出てきました。まさにノーベル委員会、世界の流れからの、日本政府への痛烈なるメッセージだと思っています。

 日本で「ICAN」の運動の橋渡しの役をしている川崎哲さん、そして広島、長崎の被爆者の人たちの気持ちは、嬉しさで一杯でしょうが、その一杯の気持ちが、日本政府への怒りになってしまいます。

  「尺(しゃく)」とか「尺度」とかいう言葉、メディア関係者の中で、テレビやラジオではニュース映像や原稿の長さ、新聞では記事の長さという意味で使いますが、僕はどんな基準、視点で対象物を視るかということで使っています。

 僕が定年まで勤めていた職場の友人と話しました。今の職場では、宿泊を伴う研修でホテルなどに宿泊する時、節約・経費節減のために、二人部屋に簡易ベットを持参させて3人以上で泊まらせているそうです。経費節減のためには「何でも」という尺でやっているのだそうです。

 研修成果のことを考えると、ゆっくりと学習ができる環境を与えるのが、会社としての「尺」ではないでしょうか。家族や友人らとで節約するための宿泊ではないのですから。

  「今だけ、金だけ、自分だけ」の風潮を表わした「3だけ主義」という言葉がありますが、この「尺」で今の在り方を考えれば、環境破壊も原発も弱肉強食も許せることかも知れません。それでは子孫に対する、私たち世代の責任は果たせません。

 選挙を直前にして、500年先のことを見据えた「尺」で、私たちの一票を投じなければ、「ヤバイ」状況になるのではと思っています。僕が「500年先」と話したら、友人が「2万4千年先」と言いました。2万4千年とは、プルトニウムの半減期です。

 ノーベル平和賞は、かつて佐藤栄作首相もオバマ大統領も授与したことで、その「尺」には疑問を持ったことがありますが、この度のICANは本当に正しい「尺」で判断したと思います。

 日本政府が核兵器禁止条約に反対したこと、この機会ですから選挙の大きな争点になるようにしたいと思っています。


8月を振り返って

 自宅前の通学路、今朝から小学生の歓声が聞えはじめました。こういう声を聞くとホッとしますね。やはり子どもの声というのは本当に良いものだとつくづくと思います。

 8月という月は1月と同じように、長く感じる月です。原爆の日、お盆、秋に向けての準備、そして今年は特に暑かったということで長く感じたように思います。ということで、8月を振り返ってみます。

 8月5日の夕方、「8・6ヒロシマ平和へのつどい2017」というのが開催されました。僕は毎年、このつどいの冒頭のあいさつというのをしています。このつどいに女性右翼活動家が変装して入り、そのことを産経ニュースにレポートとして載せていました。このつどいの代表者を批判するレポートともに、高校生平和大使も攻撃している文章でした。産経と女性右翼活動家の繋がりには、驚きでした。

 8月9日の長崎で、安倍首相との意見を云う会で、冒頭、長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会の川野浩一さんが「あなたはどこの国の総理ですか、私たちをあなたは見捨てるのですか」と言われたこと、核兵器禁止条約の交渉にすら参加しない政府の姿勢い対する言葉です。以前は、「怒りのヒロシマ、祈りのナガサキ」と云うことがいわれてましたが、それが逆転してしまいましたね。

 平和宣言にしても、政府の考えを忖度して遠慮遠慮している広島市と、云うべきことは言うという長崎市の姿勢の違いは明白です。

 月半ばの日に、友人と被爆者運動の歴史、特に原爆直後の10年間くらいの時期の被爆者運動が難しかった時期について、語りあいました。ヒロシマ・ナガサキのこの時期のことと、6年5か月のフクシマでの状況、比較し重ね合いながらの話しは、とても興味深いものでした。

 今、俳優の中村敦夫さんの朗読劇「線量計が鳴る」を9月9日に福山市、10日に広島市で開催するため、本気になって準備をしています。そのために記者会見というのを、久しぶりにやりました。会見に来てくれたメディアは2社、ちょっとがっかりでしたが記事が朝日新聞に掲載されたら、その日の朝から大げさですが、電話が何本も掛かってきました。もちろん中村敦夫さんの知名度からでしょうが、関心の深さには「捨てたもんじゃあない」という気になりました。

 週2日ですが仕事に行ってる職場で、働いている若い人がセッセと何かを書いていました。スマホを見ながら、一心不乱という感じで書き写していました。  
ちょっと感心があったので、チラッと覗くと「始末書」というものでした。なぜ「始末書」を書くはめになったのかは知りませんが、最近は「始末書の書き方」と検索すると、文例がいくらでも出てくるのですね。何でもコンピューターに頼られるのだと関心しました。こんな形で書かれた「始末書」を持って、「安心」している経営者も、「なんともイヤハヤ」という感じです。

 孫らと妻の先祖の墓や妻の兄妹らの家、そして海水浴にも僕にとっては珍しく行きました。

 そして肝心なことを書くのを忘れていました。それは「エネルギー基本計画」の改定に向けての政府の会議の第1回目が、8月9日に開催されたというニュース、この改定はこれからの原発政策に大きく影響をします。これから冬にかけてどのような展開を見せるかが重要です。

 そしてもう一つ、NHKの8月26日土曜日の朝の討論テレビ番組で、高レベル放射性廃棄物の地層処分問題で原子力資料情報室の伴英幸さんが出演していました。彼とは長い友人です。番組が終わって早速電話をしました。その時は話せませんでしたが、夕方になって電話が掛かってきました。「なかなか良かったぞー。それにしても『地層処分』という言葉を始めて知ったという視聴者からの反応があったけど、こういう人がまだ居るんだからねえー」とかいった話をしあいながら、「今朝は朝から気分が良かったぞー。良かった良かった」と激励しあいました。

 このブログを書いている時、長崎市に住んでおられる、被爆者の谷口稜皣
(たにぐち すみてる)さんが亡くなられたというニュースが入りました。よく知っている方で、特にアメリカのドキュメント映画「ダークサークル」の製作では本当にお世話になっていました。
 


Appendix

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

Extra

プロフィール

省ちゃん

Author:省ちゃん
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新トラックバック