Entries

北朝鮮が「プルトニウム増産か」報道

 大前提で言っておきますが、日本における報道などを見ている限り、北朝鮮の政治体制が良いとは思いません。日本に住んでいる「北朝鮮系」の知人・友人は何人もいますし、仲良しです。しかし残念ながら現在北朝鮮に住んでいる知人はいません。ぜひとも友達を作りたいと思っています。

 北の指導者は良くないとは思いますが、それは日本も一緒でしょうね。まさに「どっこい、どっこい」、指導者が悪いから国民も悪いと言われたら、僕だって大迷惑です。

 北朝鮮が核実験を行ったり、ミサイルを発射したりする報道を見るといつも思うことがあります。特に核実験の場合ですが、「この核実験で周辺住民や環境に影響は表れないだろうか」という心配です。地下核実験でも、大きな影響が出るのですから、それが隠されていることで、ますます気になります。

 北にも広島・長崎の原爆被爆者が住んでいますが、それらの人には何の救済措置もされていません。「被爆者はどこにおっても被爆者」という、被爆者救済の原則に戻れば、国交が無いからということで何の努力もしないことにはならないと思っています。

 その北朝鮮が「プルトニウムを増産か」、という新聞記事が7月16日に載りました。米国の大学の北朝鮮分析サイト「38ノース」が、分析したというものです。プルトニウムの生産量は不明としていますが、再処理施設の温度が高かったということで、この発表になったようです。

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所は、北の持っている核弾頭について、昨年の分析では最大10個と推定していたそうですが、今年1月時点では10~20個に増えた可能性を報告しています。こんな「百害あって一利なし」のプルトニウムなんか、持って欲しくありません。

 一方この日本、原発から出てくる使用済み核燃料を再処理して、生みだされるプルトニウムは高速増殖炉の燃料として使うと、それは「夢のエネルギー」だという大嘘を言ってきました。「きました」という過去形ではなく、今もそういう意味のことは言ってます。

 しかし、昨年福井県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」は、莫大なお金を費やしながらも、廃止されることになりました。いまやプルトニウムの使い道は、核兵器しかありません。電気事業連合会は、プルトニウムを普通の原子力発電所で使うというプルサーマルを、10基以上の原発で行うという計画を言ってますが、やっかい物の処理のツジツマを合わせでしかありません。

 そうなのなら、もうこれ以上プルトニウムは作らないというのであれば、まだ理屈にあうとは思いますが、一方で青森県の六ヶ所村再処理工場は運転を始める、第二再処理工場も建設するという姿勢です。

 日本には、48トンのプルトニウムが存在するとされています。フランスやイギリスに保管されている物も含めてですが、北朝鮮どころではありません。原発級のプルトニウムでも、約8キログラムで核兵器が1個出来るとされていますから、48トンでは6000発の核兵器です。北の数を20個としても、その300倍です。

 日本は北より理性があるから、平和国家だからなど「意味・根拠不明」なことを言う人もいますが、いつまでこんな「ノウテンキ」なことが言えるのでしょうかね。

スポンサーサイト

跋文を書きました

 やっとという感じですが、来週19日に橋爪文さんの「8月6日の蒼い月」という本が出ることになりました。1年半ほど苦労しましたので、ホッとしています。

 そしてこの本の「跋文」というのを、僕が書きました。「ばつぶん」と読むそうですが、初めて聞いた言葉でした。調べてみると、終わりに書く「あとがき」だそうです。そして、この跋文の一部が帯文としても使われることになりました。書店でも販売されますので、是非とも読んでいただきたいと思います。自慢になりますが、この跋文を紹介させてください。

橋爪文さんと蒼い月

 橋爪文さんは私のことを「省ちゃん」と呼び、私は「文さん」と呼ぶ。「広島の息子」と紹介されることもある。

 私の両親と母方の祖父母、二人の姉が広島で被爆した。爆心地近くに住んでいた祖父母は即死であった。
すぐ上の姉は1946年2月生まれの胎内被爆である。私は原爆から4年後に生まれた被爆二世である。私が4歳の時、父親が急死した。背中から腕にかけて大やけどをしていた母だが、母は3人の子どもを抱えて、たいへんな苦労をしながら私たちを育ててくれた。すでに母も胎内被爆の姉も亡くなった。だから文さんと会うと、どうしても母の面影と重なりあう。

 これまでたくさんの被爆体験記を読んだし、体験談を聞いた。それらの体験の多くは、悲惨な地獄絵に終始する。もちろん悲惨なのは事実だが、それだけでは聞かされた私は、ただ頭を下げるしかない。

 しかし文さんのものには、その中にあって生身の人間としての苦しみとともに、生活の中で感じたちょっとしたところに生きる工夫があり、楽しみがあり、生きる上での知恵を感じ、また本人は直接告白されてはいないが、たぶんこれは恋だなあーと思われる場面もある。そして心身ともに苦しい状況の中にあっても、希望を持って生きなければという決心のようなものを受け取る。

 本の題名も以外とすんなりと「8月6日の蒼い月」と決まったが、あの中にあっても蒼い月が励ましてくれたのだろうか。
 
 本能として持っている詩人としての感性だろうか、人や自然、未来に対する洞察力には凄まじいものがある。しかしその根底には、常に優しさが流れている。

 昨年3月末現在、被爆者健康手帳を持っている被爆者の数は約17万4千人となった。逆に原爆慰霊碑に奉納されている過去帳に記されている被爆者は、30万人を超えた。

 今年は原爆投下から72年、70年の時には「節目」といわれ、昨年、現職の大統領としては初めてとなるオバマ米大統領が平和公園を訪れた時は、「区切り」といわれた。

 しかし、日本政府の「原爆投下などまるで無かった」かのように、戦争への道を歩もうとする姿を見ていると、ヒロシマを「節目」として「区切り」としてよいのだろうかと、つくづくと感じる。

 そんな中で、生き残っている被爆者として文さんの中に「伝えておかなければならない」「残しておかなければ!」という気持ちが強く働いたのだろう。その気持ちが、書くことのエネルギーになったのだと思っている。

 「ヒロシマの在るこの国に生きた者」として、多くの人に読んで貰いたい。そしてみんなが「蒼い月」を持って欲しいと思っている。


修学旅行シーズンが始まりました

 新学期、春本番とともに修学旅行シーズンが始まりました。修学旅行生らに広島平和公園を中心にした碑めぐり案内を頼まれて、させてもらっています。

 いよいよ明日が今シーズン最初の案内となりました。今月だけで4回の予定が入っています。

 今月はすべて中学生ですが、平和公園には全国からやってきます。5~6月は主に中学生が多く、秋になると高校生が多くなります。だいたい10人~15人くらいを一グループで案内するのですが、明日がシーズン最初ということで、改めて案内コースの確認などをしておりました。

 最近は、旅行会社の行程の中に碑めぐりが組み込まれているので、どうしても時間が短いという傾向です。時間が短いと困るのは、第一に初めての生徒らとの「通じる人間関係」を作ることが難しいことです。

 会ってすぐに、この碑は「ああだ、こうだ」と説明するのは僕の性格に合いません。だからどうしても、自分を分かってもらい、聴いてくれる生徒たちも知りたいということからやろうとすると、どうしても時間が足りません。もちろん碑めぐりも、短時間では到底無理な部分もありますし、生徒たちの感想も聞きたいしという感じです。

 だから今年から、僕の方でその学校のホームページを見ておくことにしました。ホームページでは、「いよいよ修学旅行だ!」という書き出しで、新幹線に乗る練習をしたとも書いてありました。明日は午前5時過ぎに学校へ集合だそうです。

 こんなに早く学校へ来て、広島市までやって来て平和公園の碑めぐりをして(させられて)、「可哀想に」と声が出ました。そうなると少しでも、思い出に残る内容にしなければと、これまたプレッシャーです。

 中学生だけではありませんが、生徒たちは本当に「カワイイ」ですよ。もちろん「アレタ」生徒に出会うこともありますが、それはそれでまた「良し」です。

 大人になった時、「中学校の修学旅行で広島の平和公園に行った。面白いおじさんが、大きな声で案内してくれたなあー」ということを、ちょっとでも思い出してくれたら、それで幸いです。出来ればその時に、自分の夫や妻と、子どもたちと、平和公園に来て思い出して欲しいですね。

 修学旅行とはまったく関係ありませんが、面白い川柳というかそんな言葉を見つけました。どうしても皆さんへ伝えたくて書いておきます。

今夜から ゆっくり寝れる 自己破産

 笑ってしまいましたし、まずもって「ら抜き言葉」が良いし、この開き直りが気に入りました。

「広島のシムヤンネ」

 たまに韓国の人と会うことが在るのですが、これをいうと絶対に受ける、みんなが僕を見て笑いながら、歓声をあげるというのがあります。

 5月4日も韓国の平和団体の人が広島を訪れ、交流の場が行われました。その場で、「僕は広島のシムヤンネです」と挨拶すると、一斉に「シムヤンネ、シムヤンネ」という歓喜の声が上がりました。

 シムヤンネという人、韓国の有名なコメディアンで、日本でいうとビートタケシのような辛口の社会批評をする人だそうです。いっておきますが僕はビートタケシが決して辛口な社会批評をする人とは思いませんが、まあーそんな感じのコメディアンだそうです。シムヤンネはコメディアンでもあるそうですが、最近は映画を製作するとかで活躍しているそうです。その点はビートタケシにも似ているかも知れませんね。

 5月4日の交流会の時には、自撮棒で何人もの人から写真を撮られました。なかにはサインをして欲しいとまで頼まれ、まさにタレントのような扱いでした。しかしいくら調子乗りの僕でも、サインは恥ずかしくて勘弁してもらいました。韓国から来た人らは、一斉にスマホからシムヤンネを探して、広島側の参加者にも見せていました。広島側の人も「そっくりだ!」と歓声を上げていましたから、僕もハイテンションになっていました。

 いつか本物のシムヤンネに会って、「広島のシムヤンネ」として日韓交流の橋渡し役をしてみたいものです。

 交流の場では、北朝鮮のこと、「従軍慰安婦」問題、韓国内での受験競争のこと、大統領選挙のこと、儒教社会のことなどに話しが弾み、「明日もまた話そう」とまでリクエストされました。

 韓国は日本と最も近い国ですし、仲良くならなければなりませんね。北朝鮮に対しても、アメリカなどの国と調子を合わせて経済制裁とかいった圧力を掛けるだけでなく、近くの国としてもっと個性的な対話関係を持つ努力が大切なことだと思います。

 韓国からの参加者はほとんどが20歳代の若い人でしたが、日本で宣伝されているような「北は悪い国」という思いではなく、「困ったなあー」という感じでした。それが少し救われたという気持ちにもさせてくれました。

 広島の原爆被爆者の数が多いということで、「韓国のヒロシマ」と呼ばれている慶尚南道の陜川(ハプチョン)に、来月にも「原爆被害資料館」が完成する予定だそうです。韓国でも釜山という最も日本に近い場所から、車で約2時間くらいです。「広島のシムヤンネ」して、是非とも訪ねてみたいと思っています。

三つのホショウ

 4月1日に大阪で“「被爆者援護法」と三つのホショウからフクシマを考える”というタイトルで話しをすることを頼まれていて、頭の中を整理しています。

 70~80年代、被爆者援護法の制定を要求する運動のために、何度上京したことでしょうか。「被爆者列車」と銘うって、今は無き夜行列車で行ったこともあります。そうした場で多くの被爆者の人から、たくさんのことを教えられたものです。それが今、僕の大きな財産になっています。

 その中にあるのが「三つのホショウ」というものです。「ホショウ」という言葉には、「補償」「保障」「保証」があります。「補償」のホショウは、原子爆弾が投下されたことにより、亡くなった人、大けがをした人、親を亡くした人、子を亡くした人、家族を亡くした人、財産を無くした人、そういう人たちへのホショウです。

 そして「保障」のホショウは、今生きている被爆者へのホショウです。健康問題に関するものが大半だと思います。

 「保証」のホショウは、二度と原子爆弾の惨禍を起こさせない、放射線被害者を作らないための社会を目指すというものです。

 先頭に立って被爆者運動を進められていて、1994年1月に92歳で亡くなられた哲学者の森滝市郎さんは、「原子爆弾投下の時に失明した片方の目については、何のホショウもされていない。今生きている自分には、健康管理手当などの手当てが払われている。そして今の政治状況では、これから核兵器が使われたり原発によって被害者が生じるかもしれない。これからの保証の問題が心配だ」と話されたことがあります。

 「だから被爆者援護法制定運動は、単に被爆者の金くれ運動ではない。国民全てのため、世界中の人たちのための運動なのだ! だから国民運動として全国の自治体で制定要求決議がされている。三つ目の保証が大事」ということを熱く話しておられました。

 しかし「国家補償の精神」の被爆者援護法は、当時自民党、社会党という自社政権の中にあっても制定されませんでした。

 特に最近、「被爆者の人はいいよねえー。病院に行っても病院代を払わなくて良いし。手当ても貰って」ということを聞くことが多いように思います。国の医療や福祉に対する政策が後退したことにより、その不満のホコ先が行政に向かわずに、被爆者に向かっているのだと思います。

 小学6年生の時、福島県大熊町に住んでいて3・11を経験した若者が、作文コンテストで原発事故に遭遇したことを書いていました。その中で彼は、“福島県内でも、原発事故で被災した人とそうでない人には温度差がある。「あの家は賠償金で潤っている」との陰口を聞き、心が痛んだ”と。ヒロシマ・ナガサキから72年になろうとしているのに、放射能被害の深刻さが伝わっていないなとシミジミと思います。

 ヒバクシャ問題はタブー視されていたのでしょうか。皆さんのご意見を是非とも寄せてください。

Appendix

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

Extra

プロフィール

省ちゃん

Author:省ちゃん
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新トラックバック