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やっぱり民進党は打ち出せなかった

 民進党が3月12日に開催する党大会で、「2030年原発ゼロ」を打ち出せるか否か、去年からの関心事でした。95%不可能だろうと予言していましたから、予言が当たったことになります。

 僕も何人かの民進党に所属する国会議員や地方議員を知っていますが、これほど党への結束力も、党からの統率力が無いという政党は珍しいように思っています。今の時代、きちんと統率されているというのは流行では無いとは思いますが、そうだとしても政治信条を同じくする??集まりが政党なのですからね。

 旧民社党から旧社会党までの連合体で出来ている民進党ですし、それぞれの政党の支持基盤であった労働組合の同盟(全日本労働総同盟)と、総評(日本労働組合総評議会)が一緒になって、連合(日本労働組合総連合会)を結成したのですから、同じ考えというのが不可能なのかも知れません。

 新聞に載っていたのですが、連合が発足した翌年の1990年には連合の組織人数は798万2398人となっていました。それが昨年は685万8518人となり約110万人減少しています。

 組織人数が減ったとはいえ大組織ですが、この組織が右にならえで一つの政党を支持するというのは考えてみれば奇妙なことです。僕も連合に所属する大労働組合の組合員として定年退職しましたが、「組織内候補」の選挙ともなればお金も人も、まさに湯水の如く費やして選挙活動が行われていました。組合員のところにはパンフレット、電話、労働組合の新聞、紹介者カードが大量に送り届けられていました。

 退職したらこういう事は無いだろと思っていましたが、今度は退職者の会として同じハメにあっています。退職者の方が暇はあるだろうと、思っているのかも知れません。

 しかし、それだけの力を注ぎ込みながらも、その割には票の数としての結果が出ていないように思います。組合活動が活発な頃には、労働組合の組織人数の倍の票が組織内候補の目標にしていましたが、今は組織人数すら出ないというのが実態のようです。

 それでも職場の中では、「誰に入れりゃあいいのかいのー」という声も聞こえてきました。それだけ政治や選挙に無関心な現状では組織内候補になることは、議員・候補者にとっては大きな意味があるのだろうと思います。

 「労使一体」がますます進む中で、原発問題を例にとれば会社よりも労働組合の方が、原発推進に強引というように思えます。

 彼らにとってみれば、民進党でなくても自民党でも良いのでしょうが、まあー労働組合という「正義の組織」を看板にしている以上、自民党ではおかしい部分を感じるのでしょうね。

 労働組合が自らの要求を実現するために、特定の議員推すということを全く否定する考えはありませんが、原子力発電問題のような全国民的な関心事について、会社以上になっているというのは大いに疑問です。

 労働組合の後押しがなければ選挙が出来ないという現実が、戦後72年を迎えても変わらないということ、議員たちも誰に依拠して政治活動をしているのかと考えてほしいものです。

 「2030年原発ゼロ」を打ち出せなかった民進党、当分、否、このままでは永久に政権には付けないでしょうね。

 僕がJR電車に乗る駅では、ある自民党系の市会議員さんが毎朝、何も言わずに立っています。政治を語る訳でも、おはようございますと挨拶をする訳でもないのですが、ある人がこの議員のことを「エライよね、真面目よねー」と話していました。エライ、真面目の尺度がこれで良いのですかね。

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年越し、「後継」を考えています

 昨夜が今年最後の忘年会でした。「あほくそうてやっとられるかい」という仕事をしていた頃の仲間の会で、大いに盛り上がりました。この会の名づけ親は僕なのですが、とても気に入っている名前です。

 今日は、午前中は年賀状書きのラストスパートと何通かの手紙、午後には溜まっている新聞の切り抜きをやって、だいぶ空が暗くなり始めた午後4時半過ぎにやっと一段落となりました。

 今年を振り返って、僕自身ではなんといっても短い期間でしたが、8日間の入院生活だったでしょうか。風邪かと思っていたら肺炎で、肺炎では自宅で薬を飲んでいたのですが、それから直腸炎になり入院となりました。5日間は飲み水を口に含ませるぐらいで、食事はまったく摂ることは出来ませんでした。

 入院中には、如何に自分のテンションを維持するかということに苦労しました。ちょうど国会の委員会開会中で中継を観ながら、質問者への感想などをメールで議員に送ったりしていました。

 そしてたった8日間とはいえ、久しぶりの入院で「後継」ということを改めて考えていました。僕の場合は、「原発の無い社会を作るため」の後継です。世論調査でも、原発に反対する声は圧倒的に多いのですが、なかなか活動の中枢になる人が育ちません。関心を持っている人は多いのですが、難しいところが在ります。

 関心は大いに有るのに活動のリーダー的な存在に成れない、その理由を本気で考えていると、仕事との両立がとても難しい時代になってきているのではないかと思いました。非正規の増加など雇用の安定しない時代に、職場から睨まれるようなことをすると、「首」になる恐れがあるということだと思います。ひと昔前なら、労働組合というものが守ってくれているということや、労働組合運動を通して、社会運動に関わることが出来ましたが、今はとても後退していると思います。

 企業もコンプライアンスというような事を言って、広く社会運動に関わることによって視野を広げ、多様な人間関係を作るようにとは口では言いつつも、平和活動とかいうのは違うようですね。

 活動も人材ですから一朝一夕に出来上がるものではないでしょうけど、思い切って「任せる」というのも必要かも知れません。こんなことを思い悩みながらの年越しという感じになっています。

ボブ・ディランさん連絡して欲しい

 ボブ・ディランさんのファンとしては、どうして本人からノーベル財団への連絡をしないのかが理解できません。アメリカに住む友人は「いかにも彼らしい」と話していましたが、最初は僕もそういう気持ちもありましたが、だんだんと腹立たちささえ感じるようになりました。きちんと連絡をしてファンと一緒に喜びあってもらいたいのです。

 ノーベル賞も確かに「この人があー?」と疑問に思うような人が貰ったのもありますが、世界最高の権威のある賞なのですからね。欲しくないのなら、理由を言って辞退して欲しいものです。ボブ・ディランがたぶん尊敬しているであろう黒人解放運動のリーダー、マーティン・ルーサー・キングさんも1964年に平和賞を貰っているのですから。

 ボブ・ディランさんがノーベル賞をもらうことは、権力に屈したことになると思っているとは考えられませんが。

 日本では春・秋の叙勲などを辞退する人がいることを聞いたような気もしますが、叙勲や文化勲章とノーベル賞は雲泥の差です。叙勲は辞退する人もいるでしょうが、それでも理由を話していると思います。まあー最近では辞退するような人には、最初から選ばれないという状況ではありますが。

 僕は「こだわりと柔軟性の調和」という言葉を、よく意識しています。世の中には、「右だろうが左だろうが」こだわる人を多く見かけます。先日、広島平和公園で中学生の修学旅行生に碑めぐり案内をして、後のあいさつで中学生の代表が私たちに「語り部の皆さん、今日は本当にありがとうございました」と挨拶をしました、そしたら碑めぐり案内役の一人が「語り部という表現は、部落差別に通じる」と言いだしました。

 部落差別問題を勉強した時に、そういう話しを聞いたことはあります。でも「語り部」という言葉はマスコミも使っていますし、何よりも中学生の言ったあいさつですし、いっぺんにその場がドッ・シラケになりました。

 「こだわり」とは少しずれますが、中国電力の人は悪い人、「敵」というように決めつけている人がいます。組織としての中国電力と、その中にいる人は別だと僕は思って接しているつもりです。

 中国電力の人を説得して協力を得ないと、原発は止まりません。そういう大人の視点から視られるように、僕はなりたいと思います。僕の人間関係を良くするための最大のツール(道具)は、ビッグスマイルです。ビッグスマイルを使うと、ほとんどケンカをすることにはなりません。ビッグスマイルを使うからこそ、ケンカになった時の威力が発揮できるものだと思っています。

 まあこんな理屈は別にして、ボブ・ディランさん早く連絡してくださいよ。素直に喜べばと思いますよ。このブログがどうにか本人に伝わることを心から願っています。

 

民進党

 「期待している」「していた」では大いに違いますが、2009年9月に政権交代が行われた時、大いに期待したものでした。しかし、この時の気持ちは「していた」の過去形になろうとしています。

 民主党政権の時、福島原発事故が発生し「革新的エネルギー・環境戦略」の議論が始まり、2030年台に「原発ゼロ」を目指すという議論が各地で開催されました。しかしこの戦略が決まる直前に、フニャフニャとずっこけてしまいました。この頃から政治・政権交代というものに、期待しない方が健康的だと思ったものです。

 福島原発事故が起こって9か月後の2011年12月16日に、当時総理大臣だった野田佳彦首相が「事故は収束した」と発言した時、この政権は「ウソ」の政権だと確信したものです。

 「期待している」と思う人が裏切った場合と、最初から「期待していない」「嫌なヤツ」と思う人がいる場合、「期待している」「していた」の裏切りの方が腹立つものです。

 民進党の支持基盤を見る上でのバロメーターに、参議院選挙の比例区選挙での上位当選者の出身を見ることにしています。

 この7月に行われた参議院選挙、民進党の1位当選は東京電力労組出身、2位は自動車、3位は電機の労働組合出身者です。この比例区選挙で民進党は11人の当選者を出しましたが、この3人の他はゼンセン同盟、郵政、自治労、日教組、NTTという具合になっていました。自治労や日教組という組合は熱心に平和運動にも取り組んでいますが、上位3番までは円安で儲けた会社の出身者で占められていることには、庶民感覚とのかい離を感じました。

 そしてこの度の民進党代表選挙、蓮舫参議院議員が勝つとは思っていましたし、蓮舫さんしかないとも思っていましたが、野田佳彦さんを幹事長にしたことで、完全に覚めてしまいました。それも、党内での反対意見も遮っての起用には理解が出来ませんでした。党内での反対意見は自民党に政権を取り戻された時の野田さんの「戦犯」だそうです。

 蓮舫さんも「二重国籍」問題や、この度の野田佳彦さんの幹事長就任ごり押し問題が参議院選挙前だったら、東京選挙区で約112万もの票は取れなかったでしょうね。

 広島県議会では、民進党という会派はありません。社民党関係の人も混ぜて「民主県政会」という15人の会派です。中国電力労組の出身者もいるようです。

 一番困るのは、原発問題で会派として同一歩調を取ってもらえないことです。「内部で意見が違うから、一緒に行動が取れないんですよ」とその会派の知人の議員さんが話されました。同一歩調が組めないからその問題で政治活動が出来ないということ、ある意味正しいことだと思いますが、それで自分の政治信条が形に表せなくて、その人はストレスを感じないのでしょうか。

 民進党が「期待していた」という過去形から、「期待している」の現在進行形の政党でいて欲しいという希望は、まだほんの少しは残っているのですがね。



500号

 「省ちゃんの前向き語り」の数少ない読者の皆さん、今号で500号となりました。第1号は2013年7月21日ですから、3年少しで達成しました。始めたのは、ちょうど3年前の参議院選挙の時だったと記憶しています。

 選挙の投票日だったと記憶していますが、投票日の昼間というのは僕にとっては暇な時です。単純にブログをやってみようかと思い、長くやっている二女に教えてもらい始めたのでした。「ブログを始める人は多いけど、長続きするのは難しい」と聞いていたので、そう言われないようにととりあえずは100号、次の目標は200号というようにして続けてきました。

 書いたものは「原発のこと」、「日常の生活の中で」というように9項目に自分で分類するのですが、「原発のこと」というのが一番で、二番は「日常の生活の中で」というものでした。「嘆き話し」という分類もあるのですが、これは一つだけで、あえてそうしなかったというのも在るかも知れませんが、「前向き」で良かったと思います。

 ブログをして良かったこと、それは何といっても、オボロゲな自分の知識とか記憶を間違いは書けないので、きちんと調べなければならないことだと思います。例えば前号の伊方原発の部分で、「佐田岬の幅はとても狭い」だけでは分かりにくいのです。そこを調べたら約800㍍でしたから、僕の記憶の中に800㍍は残ります。

 そして、やはり文章を書く勉強にはなります。勉強というよりこれは積み重ねでしょうね。

 何よりも嬉しいのは、どこかで「省ちゃんの前向き語りのファンなのですよ」と声を掛けられたりすることです。これには単純に喜んでいます。

 この年齢になると結婚式に呼ばれるより、葬式や法事の方が多いのですが、もし結婚式に呼ばれたらこんな話しをしよう、こんなあいさつをしようということを夢想しています。

 それは若い人たちへの希望というかメッセージのですが、それは多くの「引出し」を持って欲しいということです。仕事のことしか、上司の悪口しか、嫁・姑の悪口しか、ゴルフのことしか、逆に原発のことしか話さない、というのも疲れます。

 多くの「引出し」を持つには、何でも見てやろう、聞いてやろうの気持ちをいつも持って、とりあえずは新聞を読む、ラジオを聴く、興味の在ることは自分で知らべてみる、そしてメディアの情報をただ信じるのではなく、「まてよー」という気持ちで自分なりの考えを持ってみる、こんなことが大切ではないかと思っています。

 500号の次は600号だろうと思いますが、ブログの間が空いているから「何か書かないと」という気持ちでは、読者の方に伝わらないと思っています。夜眠っている時ふと目が覚めて、「あーこれを書かなければ、否、書きたい」という衝動的な気持ちを大切にしてパソコンに臨んでいます。

 結構、他のところで原稿を頼まれることが多いのです。今は、上関原発の埋め立て免許問題で25日までに5000字を書いています。そういう状況の中でも、このようにブログを書いています。こういう時は、中学生の頃に試験も前にしている前日に、いつもはやらない部屋の片づけをやっていたというのに似ています。


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