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プロの活動家か?! 

 「気を悪くするかもしれんけど、言ってもいいかなあー」と、仲の良い友人が話しかけてきたことがありました。僕は「悪くしないから、どうぞ」と云うと、彼は僕のことを「アカだと言ってる人がいる」と、申しわけなさそうに話しました。

 友人の年齢は僕より一回りくらい下ですから、50歳代の「いい大人」です。僕のことを「アカ」だと云ってる人がいるということよりも、友人が「気を悪くするかも」と前置きし、申し訳なさそうに、話したことの方が僕は衝撃でした。

 まだ「アカ」というのが、すごく差別的というかそんな風に扱われているということです。上関原発建設問題が公けになった最初の頃ですから、もう30年以上も前のことですが、反対運動の拠点と言われている祝島のことを、原発推進派が出したと思われるチラシが「祝島がアカの島になる」と書いたことがありました。

 その時代ならまだしも、今でも「アカ」という言葉がそんなレッテルになっていることが、驚きだったのです。

 東京都議選の最後の日、安倍晋三さんが秋葉原で演説した時、多くの人から「アベ辞めろ」のコールが起こった時、安倍さんがコールの方向を指さして「あんな人たち」と発言したという事件、話題になり今の安倍政権の支持率低下の大きな原因になっていると思います。

 この事件後、政府の中から「彼らはプロの活動家…」という「見解」が出てきて、こういう連中は特殊な人という「分断策」がされました。

 「プロの活動家」、プロといえばこれで「メシを食っている人」というようになるのでしょうが、こういうことをやるヤカラは「プロ」というようにレッテルを貼る「分断」は、「アカ」というのと同じように思われました。

 僕ごときでも、「活動のお金はどこから出ているの」という意味のことを問われることが何度もあります。「日当はいくらでやっているの」とかも、あります。 
 NPOとか労働組合や、大組織では活動でメシを食っている人は、何人もいることでしょう。しかし私たちの市民運動では、ほとんどの人が仕事をしながらで、活動費用は自らの持ち出しです。そういう形での運動というのは、「信じられない」という考えがまだ残っているというのが、まさに時代遅れを感じました。

 僕もあるNPO団体の賛助会員として、年に万の単位の会費金やカンパ金を払い、自らの会の活動は会員からの会費や、カンパ金でやっているのだということを、分かってもらいたいと思います。

 中国の人権活動家、劉暁波(リウシアオポー)さんの死、それに対する中国政府のまさに恐怖すら思わせる対応は許せません。しかしその裏返しは、中国政府自身の「ビビリ」ですね。

 しかし劉さんと妻の劉霞(リウシア)さんとの夫婦愛、すごいですね。09年12月、再び拘束された裁判の一審判決前の最終陳述で劉暁波さんは妻の存在について「この20年で最も幸運なことと言えば、妻劉霞の無私の愛だ」と述べ、さらに「たとえ私が粉々になっても、灰になってあなたを抱擁するだろう」と。僕はこんなことを妻には言えない、もちろんお互いにでしょうが。それにしても、妻の劉霞さん美しい人です。



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貧困による悲劇か!?

 日本の新聞記事では小さな扱いですが、パキスタンのパンジャブ州で起った石油タンクローリーの横転による爆発事故、146人が死亡、約80人が負傷したという事件に衝撃を受けています。

 漏れ出した燃料を集めて持ち帰ろうと、多くの人がタンクローリーに群がった際、爆発が起きたとみられると新聞は書いていました。

 なぜこの事件に衝撃を受けるかと思われるかも知れませんが、僕の子どもがインドネシアに住んでいた関係から、何度かインドネシアに行きましたが、車を走らせていると沿道に、一升ビンくらいの大きさのガラス瓶にガソリンを入れたものを売っているのです。危ないなあーと思って見ていましたが、それが普通の光景でした。

 そういう物ですから、横転したタンクローリーの燃料を多くの人が持って帰ろうと群がったのでしょう。日本ではこういう事故は、たぶん起きないとは思いますが、僕には貧困故の事件と思えてなりません。

 チェルノブイリ原発の在る、旧ソ連ウクライナでも隣国のベラルーシでも田舎道では、このような光景を見たように思えます。

 話しが少しそれますが、太平洋のタヒチ島パペエテに行った時、僕は魚を売っている市場の中で飲み物が欲しくなって、自動販売機にコインを入れました。そしたら、お金がキチンと収納されなくて、飲み物を得ることが出来ませんでした。たぶん、湿気でコインが通る通路が詰まっていたのだと思いました。ちょっと販売機をゆすったらしてみましたが、ダメなので諦めてその場を去りました。その光景を見ていた子どもたちが、僕が去った後にヒモのようなものを使ったりして、飲み物をゲットするためにチャレンジを始めました。

 僕はその場を離れ、市場の中を1時間くらいウロウロして、帰りに何気なくその自動販売機の前を通ったら、まだ子どもたちはチャレンジを続けていました。

 その生活力というか、根性には本当に考えさせられました。もう10年くらい前の話しですが、忘れられない思い出です。

 特にアジアの貧しい国に行くと、新聞の一部売りをする少年たちを見かけます。車が頻繁に走る危険なところでも、子どもたちは車の窓ガラスに新聞を見せて売っています。僕は中国・韓国の人と間違えられることがあり、「それじゃあなくて日本の新聞が欲しい。後2時間したら帰って来るよ」というと、2時間後に少年は同じ場所で僕を待っていました。もちろんその日本の新聞を購入しました。

 日本でも子どもの貧困問題は大きな社会問題ですが、ほんの一握りの金持ち層の中に多くの貧困層が居るという状況、この度のタンクローリー横転による悲劇、本当に悲しくなります。

 わが家の前の道路は、小学生たちの通学路です。楽しそうな声が聞こえてくると、自然に嬉しくなります。いつまでも、そんな声が聞こえる状況を持ちつづけたいものです。

為政者のやることと市民の責任

 北朝鮮がミサイル発射をしましたね。日本政府の軍備を増強したいと思っている連中たちが、これぞという感じで語っている様子は、その魂胆が丸見えです。

 安倍総理は、森友・加計事件で苦境にある中、意気揚々という感じで、「北」批判をしている姿をテレビ観ていると、無性に腹立たしく思います。市民の目を自らの事件から逸らそうとしているようにも観てしまう、僕がおかしいのでしょうかね。

 北朝鮮もミサイル発射などにお金を使わずに?と思います。先週の土曜日に広島市の朝鮮学校の公開授業を観させて、元気な明るい顔と声で学んでいる子どもたちの姿が残っているので、なおさらです。

 何年か前に韓国に行った時、韓国の人から、きちんとした数字か忘れましたが、「日本の30数年間の侵略の歴史は…」、ということを何度となく聞かされました。日本は戦前から戦争が終わるまで、朝鮮半島の人たちに悪いことをしていたのだとは知っていましたし、申しわけないという思いはありましたが、何度も言われると「僕はそのことに関わっていないよ」と、反論もしたくなりました。もちろん口には出しませんでしたが。

 今、日本は福島原発事故を経験しながら原発の再稼働を進め、安保法制を強め、共謀罪を制定し、憲法まで変えようとしていますが、そのことをもって世界の人から僕たちが批判されたとしたら、それは為政者のやっていることで、僕たちは反対しているのだと言い訳をするでしょうね。

 為政者のやっていることと、市民の気持ちというのは違うのだということを言いたと思います。北朝鮮はけしからん、だからといって日本に住んでいる北の人たちが嫌がらせを受けるということは筋違いだと思います。

 しかし安倍首相を含め、官房長官や外務大臣らの発言を聞いていると、嫌がらせを助長しているようにしか見えないのです。

 G7サミットでは、貿易問題、地球温暖化対策、難民問題などで、ことごとく違う主張をする米トランプ大統領に対し、欧州首脳たちが揃ってトランプを批判しているにも関わらず、メディアの報道を観る限り安倍晋三の声は聞こえませんでした。「自分の意見は無いのか!」と叫びたくなります。

パノプティコンの住人

 朝日新聞が「パノプティコンの住人」という特集をやっています。読んでいる方もおられると思いますが、とても興味深く見ています。

 パノプティコンとは、「もともとは監視者がいなくても囚人が監視を意識する監獄施設のこと。転じて20世紀にフランスの哲学者フーコーが、権力による社会の管理・統制システムの概念として用いた」と新聞にも書いていました。

 21日の記事がパノプティコンを適格に表現していました。大タイトルは「議論封じ沈黙の自民」というものでした。

 「みなさん、もっと発言して下さい」と天皇の退位をめぐる自民党の懇談会で、座長の高村正彦副総裁が促した。そこである議員が発言したところ、高村さんが「この場ではやらない。収拾がつかなくなる」と制した、というものです。「意見させぬ空気」という、見出しもありました。

 僕も同じような経験を嫌になるほどしています。「忌憚のないご意見をお願いします」ということを、会議の冒頭に司会者などが言います。「忌憚のない」というのは、「遠慮のない」という意味ですが、根が単細胞の僕は「じゃあー」という感じで意見を言うと、不愉快な顔をされ時には怒られ、「時間がありません」とまで言われます。

 そんなことなら「忌憚のない」じゃのいうことは言うな!、と叫びたくなります。川柳で、「意見言えというから発言したら、即左遷された」という意味のものがあったのを覚えています。

 新聞記事には、安倍晋三首相に「意に沿わないことが明らかな意見は封じる」という傾向が強く、特に若い議員は「先輩が黙っているから黙る」として、ダンマリを決め込んでいるとも書いていました。

 「安倍一強」の政権政党自民党ですから、みんなビビルのでしょうけども、「民主的」とされている僕が参加している平和団体ですら、最近の会議には「異論」を嫌うという傾向を強く感じるのです。

 会議の場で押し付けられるというのは、まだまだ我慢できるとしても、会議を離れた場でも「あいつはケシカラン」とまでされたら、もう会議に出席しないことにするか、黙っているか、という選択になります。

 僕の性格からすれば、会議に出席はするが黙っているというのは大ストレスです。それなら会議の構成員を辞めるということになるのでしょうけども、自分からそれをいうのは「癪に触る」ものです。

 小泉進次郎議員が「上が決めたことを何も考えずに受け入れる空気が漂っている。なし崩し的に物事が進むことに不感症になったら、党はぶっ壊れる」と新聞記事は書いていましたが、その通りだと思います。

 僕も新年度から町内会の副会長をやることになりました。優しく聞く態度を大切にして、後から不満が出てくるようにはしないように心掛けたいと思っています。

 パノプティコンという言葉を使ったフーコーさん、正しくミシェル・フーコーですが、彼はこの状況を「良くない」として1964年、57歳で亡くなりました。民主主義の危機をフーコーと共有しています。

政治家の本音

 村岡嗣政(むらおか つぐまさ)山口県知事、柳井港から祝島への定期船が新造船就航となったことで、そのお祝いということでこの新船に乗って4月17日に祝島を訪れるという報道されていました。

 しかし、17日は午後から荒天になるということで、この日の朝に中止と決めてしまいました。

 村岡知事は今回の祝島訪問について、「あくまでも新造船のお祝い目的」としつこく言って、予定地の視察を兼ねたものではない強調していたのです。

 しつこいばかりの言い方に、とても違和感を持っていました。山口県の何が有名かと訊ねられたら、湯田温泉でも秋芳洞でも、下関のフグもまあまあ有名でしょうけど、なんといっても「上関原発問題」であり、「米軍の岩国基地問題」でしょう。

 上関原発建設問題が公けに浮上したのは、1982年のことです。今回の村岡知事の祝島訪問が行われたら、1997年の二井関成知事以来20年ぶりとなるはずでした。この20年間、山口県知事が祝島を訪問したことがないというのは、まさに考えられないことです。

 たぶん知事選挙中には「県民の声を行政に反映させる」、というようなことを言ってたことでしょう。そして上関原発に反対する声が地元を中心に在ることは、当然知っていることです。その拠点である祝島へ行ったことがないというのは、知事失格と言っても間違いではないと思います。

 村岡知事は「上関のことは担当部署から聞いている」というようなことを言ってるようですが、それで済む問題ではないはずです。自分から率先して上関を訪ね、祝島の人からもじっくり話しを聞き、実状を知ることは行政人としては基礎の基礎ではないでしょうか。

 知事が「あー天気が悪くて良かった」と、天気の責任にしてホッとしている本音がミエミエで、無性に腹が立ちます。まあー相当なる「船酔い症」の人なら理解もしないではありませんが。そうならたくさん酔い止め薬を飲んで、いざという時のために、バケツでも持って行くというくらいの根性があって当然ではないでしょうか。

 上関原発を建てさせない祝島島民の会の清水敏保さんは、「予定地との距離を見てもらえば、私たちの気持ちも分かるのではないかと思っていた」と話していたと新聞は報じていました。

 政治家の本音といえば、森友学園問題で追い詰められていた安倍晋三首相が、北朝鮮のミサイル発射を受けて、まさに「待ってました。ありがとう」という感じで意気揚々と「北の脅威」を語っているのを見ていると、安倍晋三君の本音が見えるようです。こんなことを感じる僕がおかしいのでしょうかね?

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