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パノプティコンの住人

 朝日新聞が「パノプティコンの住人」という特集をやっています。読んでいる方もおられると思いますが、とても興味深く見ています。

 パノプティコンとは、「もともとは監視者がいなくても囚人が監視を意識する監獄施設のこと。転じて20世紀にフランスの哲学者フーコーが、権力による社会の管理・統制システムの概念として用いた」と新聞にも書いていました。

 21日の記事がパノプティコンを適格に表現していました。大タイトルは「議論封じ沈黙の自民」というものでした。

 「みなさん、もっと発言して下さい」と天皇の退位をめぐる自民党の懇談会で、座長の高村正彦副総裁が促した。そこである議員が発言したところ、高村さんが「この場ではやらない。収拾がつかなくなる」と制した、というものです。「意見させぬ空気」という、見出しもありました。

 僕も同じような経験を嫌になるほどしています。「忌憚のないご意見をお願いします」ということを、会議の冒頭に司会者などが言います。「忌憚のない」というのは、「遠慮のない」という意味ですが、根が単細胞の僕は「じゃあー」という感じで意見を言うと、不愉快な顔をされ時には怒られ、「時間がありません」とまで言われます。

 そんなことなら「忌憚のない」じゃのいうことは言うな!、と叫びたくなります。川柳で、「意見言えというから発言したら、即左遷された」という意味のものがあったのを覚えています。

 新聞記事には、安倍晋三首相に「意に沿わないことが明らかな意見は封じる」という傾向が強く、特に若い議員は「先輩が黙っているから黙る」として、ダンマリを決め込んでいるとも書いていました。

 「安倍一強」の政権政党自民党ですから、みんなビビルのでしょうけども、「民主的」とされている僕が参加している平和団体ですら、最近の会議には「異論」を嫌うという傾向を強く感じるのです。

 会議の場で押し付けられるというのは、まだまだ我慢できるとしても、会議を離れた場でも「あいつはケシカラン」とまでされたら、もう会議に出席しないことにするか、黙っているか、という選択になります。

 僕の性格からすれば、会議に出席はするが黙っているというのは大ストレスです。それなら会議の構成員を辞めるということになるのでしょうけども、自分からそれをいうのは「癪に触る」ものです。

 小泉進次郎議員が「上が決めたことを何も考えずに受け入れる空気が漂っている。なし崩し的に物事が進むことに不感症になったら、党はぶっ壊れる」と新聞記事は書いていましたが、その通りだと思います。

 僕も新年度から町内会の副会長をやることになりました。優しく聞く態度を大切にして、後から不満が出てくるようにはしないように心掛けたいと思っています。

 パノプティコンという言葉を使ったフーコーさん、正しくミシェル・フーコーですが、彼はこの状況を「良くない」として1964年、57歳で亡くなりました。民主主義の危機をフーコーと共有しています。

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政治家の本音

 村岡嗣政(むらおか つぐまさ)山口県知事、柳井港から祝島への定期船が新造船就航となったことで、そのお祝いということでこの新船に乗って4月17日に祝島を訪れるという報道されていました。

 しかし、17日は午後から荒天になるということで、この日の朝に中止と決めてしまいました。

 村岡知事は今回の祝島訪問について、「あくまでも新造船のお祝い目的」としつこく言って、予定地の視察を兼ねたものではない強調していたのです。

 しつこいばかりの言い方に、とても違和感を持っていました。山口県の何が有名かと訊ねられたら、湯田温泉でも秋芳洞でも、下関のフグもまあまあ有名でしょうけど、なんといっても「上関原発問題」であり、「米軍の岩国基地問題」でしょう。

 上関原発建設問題が公けに浮上したのは、1982年のことです。今回の村岡知事の祝島訪問が行われたら、1997年の二井関成知事以来20年ぶりとなるはずでした。この20年間、山口県知事が祝島を訪問したことがないというのは、まさに考えられないことです。

 たぶん知事選挙中には「県民の声を行政に反映させる」、というようなことを言ってたことでしょう。そして上関原発に反対する声が地元を中心に在ることは、当然知っていることです。その拠点である祝島へ行ったことがないというのは、知事失格と言っても間違いではないと思います。

 村岡知事は「上関のことは担当部署から聞いている」というようなことを言ってるようですが、それで済む問題ではないはずです。自分から率先して上関を訪ね、祝島の人からもじっくり話しを聞き、実状を知ることは行政人としては基礎の基礎ではないでしょうか。

 知事が「あー天気が悪くて良かった」と、天気の責任にしてホッとしている本音がミエミエで、無性に腹が立ちます。まあー相当なる「船酔い症」の人なら理解もしないではありませんが。そうならたくさん酔い止め薬を飲んで、いざという時のために、バケツでも持って行くというくらいの根性があって当然ではないでしょうか。

 上関原発を建てさせない祝島島民の会の清水敏保さんは、「予定地との距離を見てもらえば、私たちの気持ちも分かるのではないかと思っていた」と話していたと新聞は報じていました。

 政治家の本音といえば、森友学園問題で追い詰められていた安倍晋三首相が、北朝鮮のミサイル発射を受けて、まさに「待ってました。ありがとう」という感じで意気揚々と「北の脅威」を語っているのを見ていると、安倍晋三君の本音が見えるようです。こんなことを感じる僕がおかしいのでしょうかね?

カタルシス(自己陶酔)

 ノンフィクション作家の保阪正康さんの著書、「日本を変えた昭和史七大事件」と「昭和史の教訓」の2冊を立て続けに読んで、だいぶ落ち込んでいます。

 日本が太平洋戦争を行った理由が、どうしても理解できないのです。もっとたどれば昭和12年7月に始まった盧溝橋事件からの日中戦争からアメリカ、イギリスを相手に行った戦争、なんのための戦争だったのでしょうか。

 この間の歴史を改めてここで書くのは、時間とスペースの無駄になるでしょうから省略しますが、「戦争をしたいために、戦争を続けている」「引き際、和解などまったく考えずにいる」そして「誰も自らは責任を取ろうとしない」、それも少数の「ヤレヤレ派」の者どもが、まさにカタルシス(自己陶酔)状態で続けているという感じなのです。

 「きけ わだつみのこえ」に載っている松原成信の書簡というのがあります。松原さんは同志社大学に在学中に学徒として徴兵され、昭和20年8月1日に北京で戦病死しています。その松原さんが友人にあてた書簡の一節です。

 生あらばいつの日か、長い長い夜であった、星の見にくい夜ばかりであった、と言い交わしうる日もあろうか……、松原さんの無念さやるせなさが伝わってきて、本気で涙が出てきました。

 戦争にしてもケンカにしても、どうやって落とし前をつけて仲よくなるか、和解するかということを考えるべきではないでしょうか。そこを考えないで、「イケイケ、ドンドン」では、たくさんの犠牲と益々の泥沼に入り込むことになるのではないでしょうか。

 犠牲というのは単に命が失われるというだけでなく、松原さんが書いているように、「長い長い夜を、星の見にくい夜ばかり」を大切な青春時代に送らねばならないこともです。

 この度の戦争は、東芝の大破綻にも共通しているのではないでしょうか。東芝にも何度も、引けぎわがあったと思います。2001年9月11日の「9・11同時多発テロ事件」が発生した時、僕は原子力発電所が襲撃されることになれば大変な事態になる、それに耐える原発は作れないということをいろいろな場で話していました。アメリカの原発「安全基準」もこの時から、一段と厳しくなったのです。それでも東芝は「9・11」など無かったかのように、突き進みました。あそこで引いていたら、この度の事態は無かったでしょう。

 北朝鮮の核実験やミサイル発射は嫌な事件ですが、安倍晋三首相思いきって金正恩さんに連絡して「会いたい」と言えば、いくらなんでもで「会わない」とは言わないでしょう。それが平和への一番大切な一歩だと思うのですが。

 北朝鮮のこと、シリアのこと、それらが起こるたびに、日本がそれらを口実にして間違った方へ向かっているように思えてならないのですが。

森友学園

 来週の土曜日に大阪へ行く用事があるので、森友学園に行ってみようと思っています。インターネットで行き方を検索しておりました。

 国有地売却問題や、安倍晋三首相の妻の昭恵さんの関与のことが大きく問題にされていますが、僕がびっくりしたのは関係幼稚園の運動会で「安倍晋三首相おめでとうございます」とか「安全保障法制が成立してよかったですね」という言葉を子どもたちに唱和させている姿を映像で観たことでした。

 もちろん売却問題も昭恵さんの関わりも重要なことではありますが、いくら私立だとはいえ、運動会での唱和はびっくりでした。公立学校は「日の丸・君が代」問題で教師や子どもたちを締め付けていますし、まさに怒りとこれからの不安が交錯しています。

 そして森友学園の工事現場前で、籠池理事長がたぶん取材の記者らに対して説明をしている時、後側から「籠池理事長頑張れ!」というような声が複数で聞こえたことにもため息が出てしまいました。たぶん籠池理事長の支援者と思われる女性の声だったと思います。

 ちょっと話がそれますが、石原慎太郎元東京都知事が記者会見をし終わった時に、会見場から拍手が起こったことです。皆さん気が付きましたか、会見場ですから集まったのは報道陣だけだと思いますが、これも複数の人と思われる拍手で森友学園並みの衝撃でした。

 昭恵さんといえば、上関町祝島へ行かれたことです。2回以上は行ってますが、一度は飯田哲也さんと一緒でした。飯田さんといえば、山口県知事選挙にも出馬され、敗れたもののこれまでの山口県知事選挙では珍しいほどの票を獲得した人です。現在NPO法人環境エネルギー政策研究所所長として世界中を駆け回っています。

 先日飯田さんと話すことがあり、昭恵さんと祝島へ行った時のことを聞きました。原発反対の飯田さんと昭恵さんが祝島へ行くことを不愉快に思った自民党員や地元の原発推進派の人たちが、通常乗船する上関町室津(むろつ)港に集まっていたという話しです。

 彼らは昭恵さんを「阻止・説得・監視」しようとしていたので、昭恵さんらは室津からの乗船は無理だと判断して、上関町長島の突端にある四代(しだい)港まで自動車を飛ばし、そこから乗船したということです。

 昭恵さんが「私人だ公人だ」という議論もされていますが、私人だと思っているのなら「阻止・説得・監視」はしなかったでしょうね。僕は祝島へ行った昭恵さんは嫌いではありませんでしたし、首相の妻でありながら自由奔放に生きる昭恵さんのファンでもありました。安倍晋三家の関係は知るところではありませんが、首相の意向をくんで寄付金を渡したのかどうかも分かりませんね。

 昨日の「首相の動静」、夜は銀座の料亭で今井敬経団連名誉会長と会食をした後に、久しぶりに私邸に帰っています。今井敬さんは現首相秘書官の今井尚哉さんのおじさん、当然秘書官も同席でしょうし、今井家と昭恵さんとは遠い親戚関係にもあるのです。さーどういう対策を考えて、帰宅したのでしょうかね。ここまで書くと、まさに週刊誌の記事ですね。

大人(たいじん)はいないのか?

 “「うるさい」で開園断念 大人がいなくて残念―園児”というのが、毎日新聞の「ふんすい塔」という小さなコーナーの中に在りました。とても興味深いものだったので切り取っていました。

 本当に最近、「大人がいなくなった」ということを感じます。この年齢になっても、僕自身がまだ大人に成りきっていないと思うので、大人とはということを考えていました。

 もう一つこれは新聞投書欄で、29歳の会社員女性のものでした。タイトルは「あいさつ禁止のマンション?」というもので、マンションの住民総会で小学生の親御さんから「知らない人にあいさつされたら逃げるように教えているので、マンション内ではあいさつをしないように決めてください」と申し出があり、あいさつ禁止が決定してしまったという内容でした。

 投稿した女性は最後に、家族や親せきをはじめ、友だちや周りの人たちとのコミュニティーなどの関わりやふれあいを通じて、色々経験し、感じながら心豊かな人間に成長していくのだと思う。と書いていました。

 新聞のことばかりで申しわけありませんが、昨日の朝日新聞の「論壇時評」という記事に、歴史社会学者の小熊英二さんが「他者を思う大人(たいじん)はどこに」題して文を載せていました。

 その後半の部分に次のように書いていました。
 「大人(たいじん)」とは、社会の責任を負い、他者を助けるだけの余裕がある人のことだ。それに対し「小人(しょうじん)」は、自分のことで精一杯の人を指す。そして「大人」であるか否かは、資産や才覚の有無だけでは決まらない。巨万の富があるのに他者も社会も顧みない「小人」はいる。だが「子どもの貧困」の前では、誰もが「大人」の役割を引き受けざるを得ない。そして、他者と社会を直視する余裕を、ひねりだす努力をするようになる。

 そして最後には、人が他者を思い、結びつくこと。そこからしか、政治と民主主義の再生も始まらないで、結んでいました。

 「大人」はどこに行ったのか、「貧すれば鈍する」という言葉が在りますが、この「貧」というのには単に経済的に困っているだけではなく、心の中にある「貧」も在るのでしょうか。寛容さ、心の広さが持てなくなっているという状況も在るのではとずっと考えていました。

 そして100年先、200年先を見据えて、今を生きる者としての役割りを考えなければならないのではと、思ったりもしています。

 2020年のオリンピックを成功させるためにという口実で「共謀罪」が必要だという安倍晋三首相、こんな理由を堂々という品位の無さを思います。戦争に勝つためには、市民の基本的な権利をも侵して良いというようにしか思えないのです。こんな刑罰まで作ってしか、オリンピックが成功しないというのなら、いっそオリンピックは中止しろという議論が起こってもと思っています。

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